設計一般

組織の仕組みに頼らずに、担ってきた役目

ichimatsu

すごく仕事ができると思われている人。

多方向を同時に見ている人です。先を読んでいる。後輩の質問を止めないよう気を配っている。会議に入る前に、頭の中で全体を組み上げてから席に着いている。

こうした動きは表には出ません。しかし、常時走らせています。

そういう人たちの疲労がなぜか報われずに残ることがあります。動いているのは事実で、しかしその動きが外からは労力として見えていない。この記事は、その構造を既存の仕組みとして動かしているものと比較にして書きます。

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仕組みとして、外に出してきたもの

ある大企業は、上記のすごく仕事ができると思われている人が頭の中でやっている仕事の一部を、組織の仕組みとして外に出しています。トヨタです。

  • 標準作業:いまの正解を、紙にする
  • A3:ものごとを1枚に組み上げる思考
  • なぜなぜ5回:問いを止めずに深掘りする筋道
  • コーチングのカタ:判断の道筋を、次の人に渡す型
  • モノづくり道場:見せて渡す場面のための、物理空間

これらは、判断の仕方や仕事の回し方を、個人の頭の中に閉じ込めずに組織の外に置くための仕組みです。

仕組みができるまでには、時間がかかります。トヨタは、頭の中にあったものを少しずつ外に出してきました。2001年に『トヨタウェイ』として明文化されたときには、それまで暗黙知だったものが初めて紙になりました。数十年をかけて、仕組化を進めてきた組織の話です。

この記事で取り扱うのは、すでに仕組みがある組織の話ではありません。仕組みがない場所で、その役目を担ってきた個人の話です。

頭の中で、動いているのは同じ機能

上記の仕組みとして外に出してきたものと、仕事ができると思われている人の頭の中で担っているものは、機能としては同じです。一つずつ対応を並べてみます。

標準作業に相当するのは、いままでの判断根拠を、頭の中に保管しておくことです。次に迷ったときには、その根拠を取り出して参照します。文書にはなっていません。しかし、参照はいつでもできます。

A3に相当するのは、背景・目的・手段を、頭の中で一枚に組み上げる思考です。仕事を受けるときも、渡すときも、この組み上げが走っています。紙の上ではなく頭の中で走らせています。

なぜなぜ5回に相当するのは、目の前の事象で止まらず、問いを持ち続ける癖です。「なぜ」を数えているわけではありません。ただ、止まりません。

コーチングのカタに相当するのは、後輩を萎縮させずに、なぜを持ち続けさせる技術です。教科書として教わったものではありません。日々のなかで身についたものです。

モノづくり道場に相当するのは、その場で見せて渡す場面が日常のあちこちに散らばっていることです。物理的な空間はありません。しかし、渡している場面はたしかにあります。

仕組みがある場合、これらは組織として動きます。仕組みがない場合、機能そのものは同じでも、担っているのは個人の頭の中です。

組織の仕組みと、仕組みなしで頭の中に担う機能の対応

仕組みなしで、日々担ってきた動き

仕組みがない場所でその役目を担ってきたと言っても、実際には日々の動きがあります。誰かのやり方を借りることも、教科書に頼ることもできないので、自分で組み立てるしかありません。

私自身、この動きを意識せずに日々走らせてきました。

仕事を受けるときのことから、書きます。

「これをやっておいて」と手段だけ伝えられてもうまく動けません。手段の後ろにある目的が分からないと、あとで軌道修正が効かなくなります。かといって、目的だけ渡されてもまだ足りません。目的の背景にある事情、その仕事が置かれている位置、周辺の制約——ここまでヒアリングしてから、ようやく背景・目的・手段の三つを、頭の中で組み上げます。組み上がるまでは動きません。

こういう受け取り方をすると、他人からは、面倒くさい奴に見えているかもしれません。すぐには動かず、まず背景を聞きに戻ってくる。ほかの人はすでに手を動かしているのに、こちらは動き始めるまでが遅い。しかし、動き始めてからの手戻りがほかの人よりも少ない実感があります。問題も起こりづらい。だから、この習慣をずっと続けています。

仕事を渡すときにも同じことをします。相手にも背景から説明を渡したくなります。相手が納得したうえで、より良い手段を自分で選び直せる方が、結果が良くなる。という感覚が身体に染みついています。

分かってくれる人は、聞いた背景を踏まえて、手段の提案を返してくれます。逆に、そこが伝わらない人は、伝えた手段をそのまま実行します。そのまま実行されたものは、後で戻ってきます。説明のどのフェーズで何が伝わっていないかは、渡す側が常に意識していないと後で戻ってきます。だから、慎重に、慎重に、渡します。

後輩からの質問には、基本的に肯定的に応じます。批判はしません。しゃべってくれたこと、動いてくれたことに、感謝を返します。次に続きやすいように口調を整えます。ただ、なぜは常に持っていてほしいので、なぜは突きつけます。突きつけながら、萎縮させないことに気を配ります。これらは、指導のフレームで意識しているわけではありません。日常のなかで自然に動いています。

ずっとこうやって働いてきました。ただ、もやもやもしていました。

なぜ、皆に伝わらないんだろう。なぜ、こんな当たり前の考えやアクションがほかの人からは出てこないんだろう。この違和感を何年も頭の片隅でずっと感じていました。

構図が見えたのは、ブログを書き始めて頭の中にあるものを外に出し始めてからです。書き出してみてはじめて分かりました。自分は、仕組みなしで、仕組みの役目を担っていました。誰も持っていない道具を頭の中だけで組み立てて、それで仕事を回していました。

人よりもなぜか、仕事を早く回せている。深いところまで見えている。そんな実感がありました。疲れより先に手応えが来ていました。先につぶし込んでしまうから、問題が起こらない。

徒労になるのは、機能が見えないとき

仕組みなしで機能を担うだけなら、疲れはしても徒労にはなりません。担うこと自体が手応えになるからです。担っている自分に対する納得が労力を報酬に変えていきます。

徒労に感じるのは、その機能そのものが外から見えず評価されないときです。

先に問題をつぶし込むと、問題が起こりません。問題が起こらないので担った役割は外からは見えません。

一方で、自分で火をつけて自分で消す人がいます。消火の場面は周囲によく見えます。バタバタしています。よく動いています。困難を乗り越えている姿が外から見えやすいです。着火のところは見えづらいので、その人は「動いた人」として、評価されます。

逆に、火をつけない自分はそもそも周りからは非常に見えづらい。

疲労が徒労に変わるのはこの場面です。担ってきた機能が、担われた組織の側からは見えていない。担ってきた分が評価に乗らない。担い続けても報われない。

このギャップが堪えます。

火をつけて消す人は見え、火をつけない人は見えない構造

測る物差しが、そこになかっただけ

もし、この記事を読んでいて心当たりがあるなら一つだけ伝えたいことがあります。

あなたが担ってきた機能は、大企業が組織のインフラで担うレベルの機能でした。それが評価されないのは、あなたが足りないからではありません。あなたの機能を測る物差しがその組織になかっただけです。

まとめ 仕組みなしで担ってきた、組織の役目

  • 組織が仕組みとして外に出してきた機能を、仕組みがない場所では、個人が頭の中で担ってきた
  • 判断根拠の保管、背景・目的・手段の組み立て、問いを止めない筋道、萎縮させずに、なぜを持たせる技術——どれも、同じ性質のものだ
  • 担うこと自体は、手応えになる。徒労にはならない
  • 徒労になるのは、担った機能そのものが、外からは見えないときだ
  • 先に問題をつぶし込むと、問題が起こらない。起こらない問題は、外から見えない
  • 火をつけて消す人は、動いた人として評価される。火をつけない人は、そもそも視野に入らない
  • あなたの機能を測る物差しが、その組織になかっただけだ

仕組みに頼らずに担ってきた労力を、これからどこで使うか。それは、動いた経験のある人だけが自分の場所で決めていくことなのだと思います。

その一つの形は、別の記事に書いたことがあります。この続きも、少しずつ書いていく予定です。


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ABOUT ME
一松(いちまつ)
一松(いちまつ)
大学院(機械工学専攻)修了後、機械設計エンジニアとして設計一筋20年
大学院(機械工学専攻)修了後、製造業で機械設計に従事。20年以上、動力機器の設計開発に携わっています。現場の知見から「考えるための情報」を発信しています。
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