設計一般

指導しようとする者を痛めつけた『構造』

ichimatsu

現場で、こんな場面を、見たことはないでしょうか。

動くべき人が動かない。周りは困っている。それでも本人は動かない。見かねた一人が、我慢しきれずに動く。動いた者は、話を通し、頭を下げて回り、時間を割いて、状況を立て直そうとする。そして最後には、その動いた者だけが疲弊して、傷を負って、脇に押しやられる。動かなかった当人は、そのまま残る。

たまたまの不運では、ありません。同じ形の話を、あちこちで聞きます。指導しようとした人が、痛みを引き受けて終わる。そういう場面が、指導という行為の周りには、繰り返し起きています。

この記事は、そこで何が起きているのか『なぜ、指導しようとした側だけが痛みを負うのか』その構造の話です。

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何が起きていたか

一つのプロジェクトが、崩壊していました。

仕事は放置されました。タスクが期日を過ぎても手つかずのまま残ります。丸投げが増えます。判断がされない案件が誰にも共有されずに止まっています。他部署との調整は滞り、信頼はゆっくり崩れていきます。部下は疲弊し、業務は遅延を重ね、プロジェクト全体が、じわじわと機能を失っていきます。

責任を持つはずのリーダーは、その場に立ち会っていますが動きませんでした。困りごとに対しては、「そうですねぇ」で受け流します。踏み込んだ質問には、答えが返ってきません。知らないことには手を出さず、自分では判断を組み立てようとしない。ただ、いる。その状態が続いています。

このリーダーは、外から採用されて来た中堅の人物でした。役職の期待は大きく、周囲には有能なリーダーとして紹介されていました。

私は、まだメンバーですらなかった

当時、私はこのプロジェクトのメンバーではありませんでした。

同じ職場に元からいる立場として、隣で仕事をしていただけです。プロジェクトには関わっていない。けれど、プロジェクトの中で不満を抱えた人たちが、なぜか私のところに集まってきました。

集まってきたのは、部下層の人たちです。「リーダーがこんなことをしたんですよ」「これ、どうしたらいいですか」——本人には言えない話が、私のところに流れ着きます。何人もの部下から、同じような不満を、繰り返し聞くようになりました。

不満を、ただ受け止めていました。プロジェクトの外側にいる一人の相談相手として、そこに座っていた立場です。

しかし、いくらアドバイスをしても、不満を受け止めてはけ口になってあげても、状況は変わりません。不満は溜まり続け、業務は崩れ続けます。聞き役でいるだけでは何も止まらない——それが、はっきり見えてきました。

我慢しきれずに、動いた

ある日、我慢しきれなくなりました。

上司に打診をしました。私を、正式にプロジェクトのメンバーに加えてほしい、と。プロジェクトの外側にいる限り、口を出す立場にはありません。中に入って、内側から状況を動かすしかない、と判断しました。

承認は、簡単に下りました。反対されると思っていたのですが、上司はあっさりと通しました。反対する大きな理由がなかったのだと思います。

正式に加入して、内側から働きかけを始めました。困りごとを整理して、順序をつけて、リーダーに投げます。返ってくるのは、やはり「そうですねぇ」でした。上司にも打ち上げました。幾度も状況を説明し、組織を変革してほしい。マネージャーとしてかくあるマネジメントをしてほしいと訴えました。しかし、上司は動きませんでした。

役職の後ろ盾は、ありません。あるのは「なんとかしたい」という気持ちだけ。いちメンバーとして、外側から中へ入っていった格好です。

そこから起きたのは、状況の改善ではなく、私の孤立でした。リーダーには「立場をわきまえないいち部下」として扱われました。上司は動かないままでした。部下たちの不満は私には向かなくなり、その代わり、私は「余計なことをしている人」の位置へ、ゆっくり移されていきました。

正式に入って、内側から動いても、構造は動きませんでした。少し力を加えれば崩れる、というバランスではなかったのです。多少の力を加えても崩れない、根の深い何かが、そこにありました。

動かなかったのは、リーダー一人ではなかった

しばらくして、見えてきたことがあります。

動かなかったのは、リーダー一人ではありません。プロジェクトを取り囲む全員が、それぞれの理由で「動かない」という反応をしていました。そして、その「動かない」の集まりが、一つの構造を作っていたのです。

まず、当のリーダー本人。ここには自覚がありません。何が問題なのか、そもそも見えていない。フィードバックを投げても、「そうですねぇ」で受け流されて、中に入っていきません。考えようとしていない相手には、どんな問いも滑ります。届いていないので、当然変わりません。

次に、リーダーの周りにいた同僚たち。同じ時期に中途採用や派遣で入ってきたメンバーが、プロジェクトの周りには何人もいて、全体の三分の二くらいを占めていたと思います。彼らは、自分自身がこの会社での仕事のやり方をまだ模索している最中でした。他人に構う余裕はありません。目の前の自分の仕事を回すことで、精一杯です。

もう一つ、別のタイプもいました。プロジェクトのメンバーではあるけれど、積極的には関わらない人たちです。自分の隣で問題が発生しているのは分かっているけど、自分に火の粉が降りかかっていない。だから、自分事にできない。『気づかない』というのに近い状態でした。

どちらのタイプも、悪意で放置しているわけではありません。ただ、動かない。動かない同僚たちが、リーダーの周りを埋めていました。

上司はどうか。上司は、別のプロジェクトに気を取られていて、こちらのプロジェクトには、そもそも入り込んでいませんでした。幾度も困りごとを打ち上げましたが、動きません。動かなかった理由は今なら分かります。上司は現場を体感していないので、何が困りごとなのかをそもそも理解できなかったのです。中途採用の期待の大きなリーダーが、まさかそこまでひどい状態だとは思っていなかった。「中堅のあの人が言うなら、大丈夫だろう」で処理されていました。

これは別の記事にも書きました。本人に問いを投げても届かない、という感覚。それがそのまま、上司に訴えても届かない、に転写されていたのです。聞く側が準備できていないと、どんな訴えも滑ります。この構造は、本人と上司の両方で、同時に発動していました。

そして、部下たち。部下たちは、リーダーへの不満を明確に持っていましたが、リーダーには言いません。立場的にも言えないし、言っても無駄だと諦めていたからです。「すでに迷惑をかけられているのに、さらに踏み込めば、余計に嫌な目に遭う」目に見えているので、踏み込まない。「その立場に、立ちたくない」という感覚です。

行き場をなくした不満のエネルギーが、元からいる私に流れ着いていました。私が受け止めていたのは、諦めた側の不満だったのです。

これらを並べてみると、見えてくる形があります。

本人・同僚・上司・部下。プロジェクトを取り囲む四つの層が、それぞれ別の理由で「動かない」という反応をしていました。介入者が入って、力を加える。すると、その力は、各層で吸収されるか、迂回されるかで消えていきます。本人には届かない。同僚は動かない。上司は動かない。部下は動かない。

そして、行き場を失った反動は、最後に、動いた本人へと戻ってきました。介入者だけが、疲弊し、孤立し、脇に押しやられる。それが、動きの正体でした。

四つの層が力を吸収し介入者に痛みを返す構造 本人・同僚・上司・部下それぞれが動かず介入者だけに痛みが集約する

根の深さの、正体

ここに、根の深さがあります。

どこか一箇所が動かないだけなら、他の三箇所が動けば、構造は崩れます。しかし、四つがそろって「動かない」の姿勢を取ると、システム全体が元の状態を守るように動きます。介入者の力は、どこにも届かないまま、介入者本人へ反射して戻ってくる。

しかも、この構造には、二重の歪みが埋め込まれていました。

一つ目の歪み。不満は、本人には届かない。本人が受け取れる状態にないので、どれだけ周囲に不満が溜まっても、本人のところで止まらず、行き場を失って別の場所に流れます。

二つ目の歪み。動いた者だけに、痛みが返る。誰も動かない中で、一人動いた人間は、その動きの反作用を、一人で引き受けることになります。周囲は動かないままなので、負荷を分担する相手がいません。

そして、この二つの歪みを固定していたのが、「聞く側が準備できていない」構造の二重発動でした。本人は、考えようとする相手ではなかったので、問いが届かない。上司は、現場を体感していなかったので、訴えが届かない。どこを押しても、動かないのです。

聞く側が準備できていない構造の二重発動 本人にも上司にも同じ構造が発動し問いも訴えも滑る

これが、根の深さの実態です。少し崩そうとすれば崩れる、というバランスではありません。多少の力を加えても崩れないだけの、幾層かの「動かない」が積み重なって、構造を守っていました。

介入者は、多くの場合一人で動いて一人で痛む。それが、この職場で指導が空回りする、根の深さの正体だと思います。

まとめ 動いた者だけに、痛みが返る

  • 指導は、教える側と受け手だけの問題ではない
  • 周囲の反応が「動かない」でそろうと、構造そのものが介入への耐性を持つ
  • 本人には届かず、同僚は踏み込まず、上司は体感できず、部下は諦める
  • 力を加えても、各層で吸収・迂回されて、介入者本人へ反射して戻る
  • 不満は本人には届かず、動いた者だけに痛みが返る
  • 「聞く側が準備できていない」構造が、本人と上司で二重に発動する
  • どこを押しても動かないのが、根の深さの正体

指導しようとする者を構造は痛めつけます。ここに解決策は、書けません。この記事は、まず構造を明確に定義するために書きました。名前をもたず定義されていないものは動かすこともできないからです。

ただ、この構造を見た後で、動いたことのある人にできることが何かは、別の記事に書いたことがあります。組織を動かせないと確信した上で、自分の側から始められる、地味な二手の話です。

見えた構造を持って、次に何をするか。それは、動いた経験のある人だけが、自分の場所で決めていくことなのだと思います。


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ABOUT ME
一松(いちまつ)
一松(いちまつ)
大学院(機械工学専攻)修了後、機械設計エンジニアとして設計一筋20年
大学院(機械工学専攻)修了後、製造業で機械設計に従事。20年以上、動力機器の設計開発に携わっています。現場の知見から「考えるための情報」を発信しています。
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