歯車の損傷の見分け方、傷の出た場所から原因を絞る手順
はじめに:損傷の原因がわからないと対応が決まらない
損傷した歯車を前にして「これはピッチングですね」と分析する。でも、損傷形態はわかってもそれだけでは図面で何を変えるかは決められません。
また、ピッチングとスカッフィングでは打つ手がほとんど逆になります。片方は面圧を下げる話で、もう片方は油膜を切らさない話です。歯幅を広げてもスカッフィングは止まりませんし、極圧添加剤を足してもピッチングの進行は変わりません。
さらに厄介なことに、現場で使われている呼び名がちぐはぐなこともあります。「スコーリング」です。
見分けの手がかりは外観だけではありません。「出た場所」です。歯面は場所ごとに条件が違います。転がりだけの場所。すべりが最大になる場所。
歯たけ方向に決まった順で並んでいて、損傷も同じ順で並びます。
この記事では歯面のすべり率の分布から損傷の「出た場所」を読み、設計で何を変えるかの手順を扱います。
スコーリングという呼び名が規格から外れた経緯
油膜が切れて歯面同士が溶着し、すべり方向にむしれた傷が残る損傷。日本の現場では長く「スコーリング」と呼ばれてきました。
JIS B 0160:2015(歯車-歯面の摩耗及び損傷-用語)では、油膜切れの損傷はスカッフィング(scuffing)という見出し語になっています。スコーリングという用語は採用されていません。初期スカッフィング・高温スカッフィング・低温スカッフィング・疲労スカッフィングという下位分類まで用意されていますが、スコーリングはありません。
さらにISO 10825-1:2022(Gears — Wear and damage to gear teeth)では、scoring を「すべり方向に付く細かい線条のきず」の側、つまりアブレシブ摩耗として定義し直しました。ISO は scoring を凝着摩耗の意味で使うことを推奨していません。
整理するとこうなります。
| 呼び名 | 昔の使われ方 | 現在の規格での位置 |
|---|---|---|
| スコーリング(scoring) | 油膜切れの焼き付き | 引っかき傷。アブレシブ摩耗の側 |
| スカッフィング(scuffing) | イギリス系の呼び方 | 油膜切れの凝着摩耗。JIS の見出し語 |
同じ語が、片方は凝着、片方は研削性の摩耗を指しています。しかし、対策方法はまったく違います。凝着なら潤滑油と歯形修整の話で、引っかき傷ならフィルタと清浄度の話です。手元の古い資料と最近の規格で語が食い違って見えるのは、AGMA が 1990 年ごろまで凝着とアブレシブを区別せず scoring と呼んでいた経緯によるものです。
損傷報告書に「スコーリング」と書くと、読む相手によって受け取る損傷が変わります。JIS B 0160 の用語で書くこと。それだけで、対策会議の前提が揃います。
損傷の「出た場所」を決めるすべり率
呼び名の次は場所です。
歯車のかみ合いで純転がりになるのはピッチ点だけです。すべり率はピッチ点でゼロになり、かみ合いの始まりと終わりに向かって大きくなります。歯面上では歯先側と歯元側にあたります。
すべり率の分布から、歯面は三つの帯に分かれます。
- ピッチ線付近:すべり率が小さく、接触応力が高い帯。かみ合い率の関係で一組の歯だけが荷重を受ける区間(単対かみ合い域)がここに入ります
- 歯先側と歯元側:すべり率が最大になる帯。摩擦による発熱が集中します
- 歯元フィレット:かみ合いの接触から外れ、曲げ応力が最大になる場所
損傷ごとに出る帯が決まっているのは、三つの条件がそれぞれ別の壊れ方を呼ぶからです。
- 接触疲労は面圧の高い帯に出ます。ピッチングはピッチ線上から少し下の歯元側に多く出ます
- 油膜切れはすべり率と発熱の大きい帯に出ます。スカッフィングは歯先と歯元に帯状に残り、ピッチ線付近だけが無傷で残ることがあります
- 曲げ疲労は歯元フィレットに出ます。亀裂はすみ肉部から始まります
現物を見るときは、まず歯たけ方向のどこに出ているかを押さえます。外観の細かい違いを見るのは、場所を押さえた後です。
【図解1】すべり率の分布と損傷の出る帯

歯形の断面に、すべり率の分布を重ねた図です。右側に、帯ごとに疑う損傷を並べています。
出た場所ごとの見分け方
場所を押さえたら、外観を突き合わせます。JIS B 0160:2015 の用語で並べます。
| 出た場所 | 外観 | 損傷名 | 主な要因 |
|---|---|---|---|
| 歯元フィレット | 歯すじ方向の亀裂。破断面に貝殻状の縞 | 歯元曲げ疲労折損 | 歯元応力・衝撃荷重 |
| ピッチ線上〜歯元側 | 直径 1mm 前後の穴が点在 | ピッチング | 接触面圧・膜厚比 |
| ピッチ線付近の帯 | 加工目より細かい微小なピット。離れると灰色に曇って見える | マイクロピッチング(フロスティング) | 膜厚比不足・表面粗さ |
| 歯先側と歯元側の帯 | すべり方向のむしれ跡。焼けによる変色を伴う | スカッフィング | 油膜破断・フラッシュ温度 |
| 歯面の広い範囲 | すべり方向の細い線条のきず | スクラッチング・アブレシブ摩耗 | 異物混入・油の清浄度 |
| 歯面の広い範囲 | 大きく深い剥離。縁が角ばる | スポーリング | 表面下の疲労 |
| 歯面のさらに広い層 | 硬化層ごと層状に剥がれる | ケースクラッシング | 有効硬化層深さの不足 |
| ピッチ線付近 | 凹んだ筋や隆起。周期的な波状紋様 | ローリング・リップリング・リッジング | 塑性変形 |
| 歯元 | 相手歯車の歯先が当たって擦り減る | 干渉摩耗(トロコイド干渉摩耗) | 歯先の干渉・転位量 |
歯面の疲労と塑性変形は同じピッチ線付近に出ます。見分けるのは剥がれているか、変形しているかです。ピットは材料が抜けた穴で、リップリングは材料が移動した畝です。
混同しやすい三つの組み合わせ
同じ帯に出る損傷どうしの取り違えに注意。
ピッチングとマイクロピッチング
違いはピットの大きさです。マイクロピッチングは歯面の加工目のピッチより小さいピットが集まった状態で、一つずつは肉眼で追えません。離れて見ると歯面が灰色に曇り、フロスティング(梨地状の曇り)と呼ばれる外観になります。
ここを取り違えると、面圧を下げる方向に手を打つことになります。マイクロピッチングは油膜厚さと表面粗さの比、つまり膜厚比の問題です。歯幅を広げても膜厚比は変わりません。
スポーリングとケースクラッシング
違いは剥離の深さです。表面に近い層で剥がれていればスポーリング、硬化層と心部の境目から層ごと剥がれていればケースクラッシングを疑います。
ケースクラッシングは有効硬化層深さの不足です。しかし、油を変えても材料の表面硬さを上げても止まりません。熱処理仕様に戻る損傷です。
スカッフィングとスクラッチング
どちらもすべり方向に筋が残ります。違いは変色と傷の断面です。スカッフィングは摩擦発熱で歯面が焼け、変色を伴います。傷はむしれたような不規則な形です。スクラッチングは異物が削った線条なので、幅の揃った細い傷が並びます。
前者は潤滑と歯形修整、後者はフィルタと密封の話です。損傷の名前を書き違えると、対策がまったく変わります。
初期の破損観察で決まらない損傷
損傷は進行の段階ごとに姿を変えます。ここを外すと、同じ歯車を二度見たときに違う名前を付けることになります。
JIS B 0160:2015 のスカッフィングには疲労スカッフィングという下位分類があります。長時間の運転でマイクロピッチングが出て、フロスティング状に広がり、最後に焼き付きへ至る経過をたどるものです。途中で止めて観察すればマイクロピッチング、進んでから観察すればスカッフィングに見えます。どちらの名前も外観としては正しいのに、始まりは膜厚比の不足です。
ピッチングにも同様の分類があります。運転初期に出て当たりが付くと止まるものが初期ピッチング、運転時間とともに広がって深くなるものが破壊性ピッチングです。初期の観察ではどちらか区別できません。外観だけでは、いま何段目にいるかがわからないのです。
だから記録には運転時間と条件の添付が必須です。何時間/何回転でこの姿になったのか、音や振動が変わったのはいつか。同じ歯を時間差で二度見られるなら、一番確かな手がかりになります。
【図解2】出た場所から対策までの判断の流れ

出た場所で三つに分け、外観で枝を分けて、最後に設計で変えるものにつなげた図です。判断の終点は損傷名ではなく、変えるものの側に置いています。
取り違えたときに起きる対策のずれ
見分けが必要なのは、判断ごとに変えるものが違うからです。ここを一覧にしておきます。
| 判断 | 変えるもの | 効かない手 |
|---|---|---|
| ピッチング | 歯車径・歯幅で面圧を下げる。潤滑油の粘度を上げる。表面粗さを下げる | 極圧添加剤の追加 |
| マイクロピッチング | 歯研やラッピングで表面粗さを下げる。膜厚比を上げる | 歯幅を広げる |
| スカッフィング | 歯形修整(プロファイルリリーフ)。極圧添加剤。油温を下げる | モジュールを大きくする |
| アブレシブ摩耗 | フィルタと密封の見直し。油の清浄度管理 | 材料の変更 |
| スポーリング・ケースクラッシング | 有効硬化層深さの見直し。材料選定 | 潤滑油の変更 |
| 歯元曲げ疲労折損 | 歯元フィレットの丸みを大きくする。ショットピーニング。歯幅・モジュール | 表面硬さだけを上げる |
表面硬さを上げる対策は、歯面の疲労には効いても歯元の曲げ疲労には効きません。硬化層が深くなるほど心部の粘りは落ち、衝撃荷重に対しては不利に働きます。硬さと粘りのどちらを取るかは、どの損傷が出たかを決めてからでないと判断できません。硬さと粘りの選択は熱処理の指定にそのまま乗ります(スプライン・歯車の熱処理と量産時の歪み対策)。
現物を見るときに記録する項目
損傷の判断は、現物が手元にあるうちにしか取れない情報で決まります。写真を撮る前に、次の項目を押さえます。
- ☐ 駆動側か被動側か(すべりの向きが逆になるため、同じ帯でも条件が違う)
- ☐ 歯たけ方向の位置(歯先・ピッチ線・歯元・歯元フィレットのどれか)
- ☐ 歯すじ方向の位置(歯幅の中央か端部か。端部に寄っていれば片当たり)
- ☐ 全歯に出ているか、特定の歯だけか
- ☐ すべり方向の筋の有無と向き
- ☐ 変色の有無
- ☐ 相手歯車の同じ位置の状態
- ☐ 運転時間と、音や振動が変わった時期
- ☐ 潤滑油の摩耗粉分析
全歯に均等に出ていれば、運転条件そのものが設計の想定を外れています。特定の歯だけなら、異物のかみ込みか一度の過負荷を疑います。歯幅の端に寄っていれば、歯車ではなく軸とハウジングのアライメントの問題です。
分布は、荷重が実際にどう入っていたかの記録です。同じ読み方は軸受でも成り立ちます(軸受 傷の形状と位置から故障原因を逆算する読み方)。
まとめ:歯車の損傷を読む手順
- 呼び名の確認:スコーリングは JIS B 0160:2015 の用語ではない。油膜切れの凝着はスカッフィング
- 出た場所が先、外観が後:歯たけ方向のどの帯に出たかで、疑う損傷は三つに絞れる
- すべり率がゼロになるのはピッチ点だけ:ピッチ線付近は面圧、歯先と歯元はすべりと発熱が支配する
- 同じ帯の損傷は大きさ・深さ・変色で分ける:ピットの径、剥離の深さ、焼けの有無
- 判断の終点は損傷名ではなく、変えるもの:面圧か、膜厚比か、歯形修整か、硬化層深さか
- 分布の記録は現物があるうちだけ:全歯か特定の歯か、中央か端部か
損傷した歯車は設計検討の答え合わせです。面圧の見積もりが合っていたか、油膜が想定どおり保たれていたか、荷重が歯幅に均等に入っていたか。歯面は全部を形にして残しています。

