設計一般

謝った部長に、誰も応えませんでした

ichimatsu

金型を手配したあとで、大きな変更が必要になったことがあります。

担当していたのは、リードタイムがいちばん長い大物の部品でした。中に入る部品を変えることになり、それに合わせて外側も大きく作り直すことになりました。型はもう手配済みです。設計をやり直し、型を起こし直し、そこから先の工程も全部引き直しになります。関わる部門は十を超えていました。

全員を一つの会議室に集めて、キックオフをすることになりました。

会議のことを聞いた設計の部長が、参加したいと言ってきました。

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部長は、正しいことをしました

始まってすぐに、部長が口を開きました。

皆さん、すみません。大変ご迷惑をおかけしますが、ご協力をお願いします。

筋は通っています。迷惑をかけるのはこちら側で、頭を下げるべきなのもこちら側です。しかも、言っているのは担当者ではありません。部長です。普通なら、これで場が収まるはずでした。

反応は、ありませんでした。

シーンとしていました。誰も何も言いません。怒っているのでもなく、納得したのでもなく、ただ静かでした。部長は話を終えて、席に座りました。

先に書いておくと、この謝罪が無駄だったと言いたいのではありません。組織として重く受け止めていることは伝わったはずですし、後々のことを考えれば、あの場に部長がいたこと自体に意味はありました。

ただ、その場は動きませんでした。

日程表を出しました

部長の話が終わったあと、私は用意していた日程表を出しました。

こんな感じで日程を引いたんですけど、どうですか。

そこから、空気が変わりました。

もっと詰められる。ここはこうしたほうがいい。ここの受け渡しは、業者を挟まずに直接やればもっといける。

後工程の部門が、食い気味に発言し始めました。

私は、日程がかなり後ろ倒しになると覚悟していました。実際には逆でした。その場の会話だけで、日程が短くなりました。一時間半ほどの打ち合わせだったと思います。

変わったのは、立ち位置でした

同じ会議で、同じ人たちが、正反対の動き方をしました。

謝罪は、皆を「迷惑をかけられた側」に置きます。

被害者の席に座った人は、前に出ません。出る理由がないからです。責任は謝った側にあって、こちらは受け取る側。だから黙ります。あの静けさは、納得でも反発でもありませんでした。その席には、発言する役目がついていなかっただけです。

日程表は、皆を「この計画を一緒に組む側」に置きました。

目の前に一枚の紙があって、そこに自分の工程が載っている。載っているものが実情と違えば、直したくなります。直せる立場に置かれた人は、口を出します。

変えたのは、人の立ち位置だけでした。

謝罪は被害者の席に固定し、日程表は同じ一枚を囲む側に置く

なぜ、一枚に引けたのか

全工程を一枚に引けたのは、担当していた部品の性質のおかげです。

リードタイムがいちばん長いので、上流の設計から下流の製造まで、全部が自分の日程の中を通っていきます。他部門の事情を知らないと、自分の手配日が決まりません。だから、必然的に全体を持っていました。特別なことをしていたわけではありません。そうしないと、自分の仕事が成立しませんでした。

そのころ現場にあった資料は、いろいろな次元が入り乱れていました。部門ごとの日程、仕様の決定リスト、試作のスケジュール。それぞれは正しいのですが、並べても、いつどの仕様が固まっていくのかが読めません。自分でも分からなくなります。

だから、関連部門が全員乗る一本の時間軸に引き直しました。設計から製造まで、十いくつの工程を縦に積んで、それぞれに納入のマイルストーンを打つ。一枚に載せる。

各部門がそれぞれの日程を持っていると、自分の前後しか見えません。いつ自分のところに来るのかが分からないので、準備ができない。来てから慌てることになります。

一枚にすると、いま誰が動いていて、いつ自分の手元に来るのかが分かります。準備ができます。作業の準備も、心の準備も。

後工程は、言われたとおりに作業するだけになると、すごく嫌になります。自分がそうだったので、それは分かっていました。

前に立てなかった頃は、こっそり渡していました

やり方は、立場によって変えてきました。

サブだったころは、表立って全体の進め方に口を出せません。そのころ何をしていたかは前に書きましたが、情報の配り方も同じでした。自分がつかんだもののうち、相手が欲しそうなものを、立ち話で渡す。雑談の形にして。噂話に近い内容のこともあれば、かなり効いてくる話のこともありました。

私は前に立たないけれど、皆が情報を持っている。その状態だけは作れます。

前に立てるようになってからは、一枚に引くほうに変えました。まずいと感じる案件ほど、進捗を見えるようにして、関係者に配るようにしました。

手段は逆を向いています。片方は見えないように配り、もう片方は全部見えるように配る。ただ、作ろうとしている状態は同じでした。関係する全員が、同じ絵を頭に持っている。

教える条件の話で、必要は受け手一人の中には立たない、関係する全員が同じ絵を見て初めて成立する、と書きました。日程表は、その絵そのものです。

完成品を出すと、直せません

ただ、引いた日程をそのまま決定として配っていたら、たぶん同じことは起きませんでした。

一人で引けるということは、完成品を作れるということです。

完成品は、受け取るしかありません。受け取った側にできるのは、従うか、従えないと言うかの二択です。どちらを選んでも、それは自分の日程にはなりません。

だから、決定としてではなく、叩き台として出します。

こう引いたんですけど、どうですか。

これは謙遜ではありません。直せる余地を残した状態で出しています。

一人で引いた日程には、他部門の細かい事情までは織り込めません。どこの工程が実際には何日縮められるのか、どの受け渡しに無駄があるのか。そこは、その部門の人がいちばんよく知っています。だから、必ず直すところが出てきます。

直した瞬間に、それは自分の日程になります。管理される対象から、自分が作った計画に変わります。

完成品として配ると受け取るだけになり、叩き台として出すと直され、直した人のものになる

では、白紙で集まればいいのかというと、それも違います。

何も用意せずに「皆で日程を決めましょう」と集めても、出てきません。全体が見えていない人に、全体の日程は引けないからです。それぞれが自分の工程の希望を言い合って、噛み合わないまま終わります。

叩き台が要るのは、直すための起点が要るからです。ここが二日と書いてあれば、それは違う、一日でいけると言えます。何も書いていなければ、何日なのかを考えるところから始めることになって、それは会議の場でやることではありません。

出すのは、完成品でも白紙でもない。いちおう最後まで通っていて、それでいて直せる形をしているもの。

一度引いて終わりでもありません。整合が取れているか、無理な日程になっていないかを全員に確認して、直して、最後にもう一度共有する。そこまでやって、ようやく皆の日程になります。

言葉で頼んでいません

これは、前に書いた付箋の話と同じ形をしています。

書いてほしくないところに、付箋をぐるりと貼る。「ここには書かないでください」と言葉で頼まずに、書けない状態を作る。あれは、させない技法でした。

日程表は、させる技法です。「協力してください」と言葉で頼まずに、口を出したくなる状態を作る。

どちらも、言葉で人を動かしていません。動きたくなる状態を、先に置いています。

部長の謝罪が効かなかったのは、言葉のほうを使ったからでした。正しい言葉でしたが、言葉は席の位置を変えません。

この方法の弱点

うまくいった話として書いてきましたが、前提があります。

ひとつは、全工程を一枚に引けることです。

これは能力の話というより、位置の話です。全部が自分のところを通っていく部品を長く担当していたから、持っていただけでした。横から入った人や、工程の一部だけを見ている人には、そもそも引けません。引けなければ、叩き台も出せません。

もうひとつは、こちらのほうが大きいと思っています。

引いた本人が、どこにも残りません。

日程は皆のものになります。それが狙いです。ただ、そうすると「皆で作った日程」として残って、最初の一枚を誰が引いたのかは残りません。

これは、調整代の話で書いたことと同じ形です。あの記事では、食われるのは量のほうで、書いておくべきなのは役のほうだと整理しました。

あの会議で私がやったのは、自分に全部見えているという量を伏せて、場に配ることでした。そこは正しかったと思います。伏せなければ、皆は直しに来なかった。完成品に見えた瞬間に、直す気は失せます。

書いておくべきだったのは、最初の一枚を引く役のほうです。それがどこにも載っていなければ、次に同じ場面が来たときに、誰かが引くことになっているとは誰も思いません。実際、その後に同じ規模の変更が起きたとき、一枚に引かれた日程は出てきませんでした。

まとめ 席を変えると、人は動く

  • 謝罪は、皆を「迷惑をかけられた側」に置く。被害者の席には、発言する役目がついていない
  • 日程表は、皆を「一緒に組む側」に置く。直せる立場の人は、口を出す
  • 部門ごとに日程を持つと、自分の前後しか見えない。いつ来るか分からなければ、準備ができない
  • 一枚にすると、作業の準備も、心の準備もできる
  • 完成品として配ると、従うか従えないかの二択になる。どちらも自分の日程にはならない
  • 叩き台として出すと、直される。直した瞬間に、自分の日程になる
  • 言葉で頼むのではなく、動きたくなる状態を先に置く。付箋と同じ形
  • ただし、引ける位置にいることが前提。そして、引いた役は、書いておかないと残らない

一時間半で日程が縮んだのは、精神論ではないと思っています。あの場にいた人たちの意欲が急に湧いたわけでもありません。座る席を変えただけです。

あなたの職場の日程表は、決定として配られていますか。それとも、直せる形で出ていますか。

このシリーズで書いたことを、記事より体系立てた形にまとめるか考えています。作る前に、読んでいる方の声を聞かせてください。30秒・匿名で構いません。

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ABOUT ME
一松(いちまつ)
一松(いちまつ)
大学院(機械工学専攻)修了後、機械設計エンジニアとして設計一筋20年
大学院(機械工学専攻)修了後、製造業で機械設計に従事。20年以上、動力機器の設計開発に携わっています。現場の知見から「考えるための情報」を発信しています。
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