エンジンブロックはなぜ厚いのか、強度ではなく変形量で寸法が決まる
はじめに:燃焼圧に耐えるだけならブロックはもっと薄い
エンジンブロックは分厚い。理由を燃焼圧に求めると、途中で説明が合わなくなります。
燃焼圧が直接作用するのはシリンダの内壁と、シリンダヘッドを載せるデッキ面だけです。クランク軸の中心線より下へ伸びるスカート部に燃焼圧は作用しません。軸受を挟み込むバルクヘッドにも、燃焼圧は直接は届きません。それでもスカートはクランク中心より下まで伸ばされ、バルクヘッドは他の壁より厚く作られます。
寸法を決めているのは応力ではなく変形量です。
強度計算だけを頼りに板厚を決めていると、実物よりずっと薄い板厚で合格が出ます。合格が出ているのに実物が分厚いのは、計算が甘いからではありません。寸法を決めている要件が、そもそも強度ではないからです。
強度で決まる寸法と、剛性で決まる寸法
機械部品の板厚には、二種類の決まり方があります。
強度で決まる寸法は、発生応力を許容応力以下に収める要求から出てきます。壊れるか壊れないかの判定で、疲労を見る場合はS-N曲線と平均応力の補正が入ります。判定量は応力です。
剛性で決まる寸法は、荷重をかけたときの変形量を許容値以下に収める要求から出てきます。壊れるかどうかは問いません。判定量は変形量です。
板厚に対する効き方も違います。矩形断面で板厚を2倍にすると、断面係数は4倍になるので応力は4分の1に下がります。断面二次モーメントは8倍になるので、たわみは8分の1に下がります。板厚を増やしたときに大きく変化するのは変形量のほうです。削る側から見れば、変形量で寸法が決まっている部品は板厚を少し削っただけで変形量が急に増えます。剛性で決まる部品の板厚に削り代はありません。
一つの部品には両方の要求が同時に来ます。採用されるのは厚いほうです。エンジンブロックでは、変形量の要求から出る板厚が強度の要求から出る板厚を上回ります。応力には余裕があるのに、変形量には余裕がない。同じ状態が軸受まわりからスカートまで続くので、ブロックは全体として分厚くなります。
同じ現象は歯車箱でも減速機のケーシングでも工作機械のベッドでも起きます。軸を支える箱物は、ほぼすべて変形量で寸法が決まります。

変形量①:軸受の油膜は1マイクロメートルを切る
燃焼圧はバルクヘッドに直接はかかりません。ピストンを押し下げた力はコンロッドを通ってクランクピンへ移り、クランク軸を曲げながらジャーナルへ流れ、軸受を経てバルクヘッドに届きます。届く時点で力は複数の軸受へ分散し、向きも回転角ごとに変化します。応力の大きさで見れば、シリンダ内壁より小さい部位です。それでもバルクヘッドは厚い。
クランク軸は、ブロックに並んだすべり軸受で支えられています。軸と軸受の間には油膜があり、金属どうしを直接触れさせないのが役割です。
すべり軸受メーカーの大豊工業は、エンジン軸受の最小油膜厚さが厳しい使用条件では1マイクロメートル以下になると説明しています。同じ資料で、ハウジング穴の寸法精度と真直度・真円度の厳密な管理を求めています。
軸受が並ぶ穴の芯がずれると、軸は真っすぐ入りません。片側だけ隙間が詰まり、油膜の薄い側で金属接触が起きます。焼き付きも異常摩耗も、応力が許容値を超えたから起きるのではありません。変形量が油膜の厚さと同じ桁になったから起きます。
強度基準との違いは、許容値の出どころです。許容応力は材料の強度で決まるので、余裕があれば板厚を削れます。軸受の芯ずれは油膜の厚さで決まるので、材料を強くしても許容値は広がりません。鋳鉄をアルミに替えても高張力鋼を使っても、油膜が1マイクロメートルであることは変化しません。
米国のエンジン整備の技術記事は使用済みブロックは熱サイクルを繰り返すうちに動き、高い筒内圧と高回転がクランクのたわみを増やすと述べ、軸受穴の芯を機械加工で作り直す作業を紹介しています。使用中の変形が問題になる部位です。

損傷面から原因を絞る手順は軸受の損傷パターンで扱いました。
変形量②:ボルトを締めた時点でライナーが0.1mm沈む
シリンダヘッドとブロックはボルトで締結されます。締結軸力は運転前から常時かかっています。
Motor-Fanの解説ではヘッドとブロックを締め付けると、連なったシリンダーライナー全体がコンマ1mmくらい落ちると述べられています。運転もしていない状態で、0.1mmオーダーの変形が既に入っている状態です。
0.1mmは、軸受の油膜厚さの100倍です。締結の入れ方を間違えれば、シリンダの真円度も軸受の芯も要求から外れます。だからブロックのデッキまわりとボルト座の周辺は、ボルト1本あたりの軸力に耐える断面積では決めません。締めても形が変わらない断面で設計します。
締結体の中で外力がどう分担されるかは締結三角形で扱いました。締結軸力が平均応力を押し上げて疲労寿命を削る話はFEM解析だけでは疲労破壊は防げないで扱っています。取り上げているのは、締めた時点で寸法が変わることです。
変形量③:固有振動数は剛性と質量で決まる
ブロックには、燃焼と往復慣性力による加振が回転数の整数倍で入ります。加振周波数がブロックの曲げ固有振動数に近づくと、変形量が跳ね上がります。
4サイクル4気筒であれば1回転あたり2回の燃焼が起きるので、加振の主成分は回転2次です。3,000rpmで100Hz、6,000rpmで200Hzになります。回転数を上げるほど加振周波数はブロックの曲げ固有振動数へ近づきます。
固有振動数は剛性と質量で決まります。質量を増やすと下がり、剛性を上げると上がります。加振の次数から外すには、剛性を上げて固有振動数を加振帯より上へ持っていくのが基本です。肉を足す理由が音と振動である、という状況が出てきます。
スカートの形状は、剛性を稼ぐための構造です。Motor-Fanの解説ではディープスカートはブロックの外側だけがクランクセンターより下に伸びてベアリングキャップを抑え込む構造で、ブロック強度が増しクランク支持剛性も高くなると説明されています。同じ記事で、ハーフスカートに別体のラダーフレームを設ければ同等の剛性が確保できるとも述べられています。
クランク中心より下へ壁を伸ばしても、燃焼圧を受け持つ断面は1平方ミリも増えません。増えるのは断面二次モーメントだけです。燃焼圧の説明では、スカートの存在理由を説明できません。
固有値解析で共振を外す手順は固有値解析で共振を避けるで扱いました。
変形量④:鋳造要件が板厚の下限を決める
強度でも剛性でも要らない板厚が、製造要件から入ることがあります。
鋳造では、溶湯がキャビティの隅まで届く必要があります。薄すぎる部位では充填の途中で溶湯の温度が下がり、湯じわや湯境といった湯まわり不良が出ます。同じ資料では、アルミダイカストの一般的な肉厚の目安を小物製品で0.8〜3.0mmとしています。砂型鋳造では砂の強度と冷却速度の制約が加わるので、下限はさらに上がります。
抜き勾配と鋳肌のばらつきも板厚に効きます。図面の公称板厚が3mmでも、鋳造公差と抜き勾配で実物は場所ごとに変わります。最小板厚は公差の下側を見て決めます。
砂型の要件は砂型鋳造の設計、ダイカストの内部欠陥はアルミダイカストの鋳巣で扱いました。
自分が引いている板厚は、何で決まっているか
エンジンブロックは極端な例です。しかし軸を支える箱物であれば、減速機のケーシングでもモータのブラケットでも同じ順序で寸法が決まります。
設計中の部品について、次の三つを順に確認します。
① 応力の安全率を出す。 強度で決まっているのかを先に切り分けます。安全率が3も4もあるなら、強度は寸法を決めていません。
② 変形量の要求値を書き出す。 軸受のクリアランス、シール面の面圧、歯車の歯当たり、位置決めの繰り返し精度。変形の許容値を数字で書けない部品は、剛性の検証ができていません。
③ 製造要件の下限を確認する。 鋳造の最小肉厚、機械加工の取り代、溶接の脚長。
①が効いていないのに①だけを根拠に板厚を決めていると、安全率の数字は健全なまま変形量で不具合が出ます。安全率5で設計した部品が、応力とは関係のない理由で使えなくなる。よくある形です。
②で止まる部品が多く出ます。カバー、ブラケット、架台。荷重は分かっていて応力も計算できるのに、変形をどこまで許すかが決まっていない。許容値がないので、解析で変形量を出しても合否が付きません。結果として、応力の安全率だけで板厚が決まります。
許容値は、相手部品との関係から出てきます。軸受なら油膜厚さ、シール面なら面圧の下限、歯車なら歯当たりの片寄り、位置決めなら繰り返し精度。相手部品を決めないと、変形の許容値は書けません。 単品図面を引く前に決めておく値です。
材料を替えたときに剛性が先に破綻する話は鉄からアルミへの置き換えで剛性が足りなくなる三つの理由で扱いました。ヤング率が3分の1になれば、応力が同じでも変形量は3倍になります。強度基準では合格が出続けるので、置き換えの検討段階では見えません。
まとめ
- エンジンブロックの分厚さを燃焼圧で説明すると、スカートとバルクヘッドの存在理由が説明できない
- 寸法を決めているのは応力ではなく変形量
- 軸受の最小油膜厚さは1マイクロメートルを切る。芯ずれの許容値は材料を強くしても広がらない
- ヘッドボルトを締めた時点で0.1mmオーダーの変形が入る
- クランク中心より下へ伸びるスカートは、燃焼圧を受けずに断面二次モーメントだけを増やす部位
- 鋳造要件は、強度でも剛性でも要らない板厚の下限を作る
強度計算に余裕があることと、寸法が正しいことは別です。手元の部品について、変形の許容値を数字で書けるかどうかを確かめてみてください。

