設計一般

教える時間は、捻出するものではありませんでした

ichimatsu

OJTリーダーを引き受けたときの話です。

ちょうど、自分の担当していた開発がひと段落したところでした。新入社員に渡せる、まとまった仕事がない。

小変更か、問題対策か、あるいは誰かの手伝いか。そういう選択肢しか残っていませんでした。

どれも、仕事としては成立します。ただ、どれも枠が先に決まっています。決まった枠の中で答えを出す作業になる。自分で構造を決めて、判断の根拠を自分で組み立てる場面が出てきません。

ただ、そのとき隣の部署に、まだ担当の決まっていない部品がありました。他部門の受け持ちでしたが、一から設計する仕事でした。

それを、もらいに行きました。

結果から書くと、このアクションはうまく回りました。彼は三年目には、私とペアで複雑な部品を担当できるところまで成長しました。

うまく回った理由は、私の説明が上手かったからではありません。順番が違っただけです。

スポンサーリンク

必要は、受け手の中だけには立ちません

この連載の最初の記事で、知識が渡るかどうかは受け手がそれを必要としているかで決まる、と書きました。

そこから素直に考えると、こうなります。必要な仕事を与えれば、渡る。

しかし、実はそう単純ではありませんでした。

必要は、受け手一人の中には立ちません。渡す側、受け手、その上司、周囲。関係する人が同じ絵を見て、初めて成立します。

ひとりだけが「これは渡さなければいけない」と思っている状態は、必要が立っているとは言いません。それは、その人の心配です。

第三者の心配は、締切が近づくと真っ先に切り落とされます。落ちても当事者は困らないからです。困らないように置かれているのが、第三者の心配というものだからです。

だから、教える前にやることがありました。教えることを、全員の仕事にすることです。

上司には、二つ言いました

ひとつは、そのままの理由です。

新規設計をやらせたい。小変更でも、問題対策でもなく、自分で考えて形を作る仕事を。設計者として一番面白く、そして創造性が要る部分です。それを最初に経験させることに意味がある。

学生時代は、レポートの引き写しで終わっていたかもしれません。本当に自分の頭から形を出す作業を、していないかもしれない。設計者として考えるための基礎づくりに、この機会が要ります。そもそも新規の仕事は、めったに出てきません。

もうひとつ、こちらのほうが効いたと思っています。

現場でOJTをやると、新人にちょうどいい仕事を用意し続けること自体に、かなりの工数がかかります。勉強になって、暇にならず、育つ仕事。それを毎回作るのは、指導する側の負担です。

大きなテーマがひとつあれば、そこが丸ごと片づきます。つまり、私が楽になります。

育成のために工数をくださいという話ではなく、育成にかかっている工数を下げる話にしました。

同じことを頼んでいます。ただ、前者は上司にとって支出で、後者は削減です。決裁の性質が変わります。

相手の部署には、三つ

仕事を手放してもらう側です。普通なら、渡す理由がありません。

ただ、条件が揃っていました。

ひとつめは、得意と不得意の交換です。その部署にとっては苦手な分野の部品で、こちらにとっては得意な部品でした。そして当時、どこも仕事があふれていて、皆が残業していました。手放す理由が、向こう側にもありました。

ふたつめは、責任の所在です。私が責任を持ってバックアップすると伝えました。この頃には、名前もある程度知られていたので、そこは信じてもらえたと思います。

みっつめが、いちばん大事だったと思っています。

返す時期を、先に決めました。

ずっと預かってしまうと、話がややこしくなります。だから、最初の試作と評価を行って、信頼性と機能がある程度確認できたところで返す。そのタイミングを、引き取る前に取り決めました。

相手から見ると、こうなります。苦手な部品の、いちばん難しい立ち上げの部分を、得意な部署が責任を持って作り込んでくれる。そして、形になったら戻ってくる。

仕事を失う話ではなく、面倒な前半だけ持っていってもらえる話になりました。

本人には、最初に言いました

あなたがこの部品の責任者です、と。

日程も、試作も、評価も、設計の立場で責任を持つ。手伝いではなく、担当です。

これを最初に明示しました。あとから自然にそうなる、ではなく、始まる前に。

手伝いとして入ると、判断は最後まで他人のものです。分からないことがあれば聞けばいい。聞けば答えが返ってくる。困りません。困らないので、自分で組み立てる必要も出てきません。

責任者だと最初に決まっていれば、決めるのは本人になります。決めるためには根拠が要る。根拠が足りないことに、自分で気づきます。

そこから先の一年は、よく覚えていません。仕事の中身では、ずいぶんやり合ったと思います。

やっていたことは単純で、自分が若手時代に教えてもらったものを、一年かけて渡していただけです。特別な指導法があったわけではありません。

時間は、捻出していません

いちばん興味深いところです。

教える時間をどこから出したか。どこからも出していません。

上司を通して、この案件を正式に彼の業務にしたので、彼の工数として割り振られました。私の指導時間も、その業務の中に入りました。

管理職の立場からすると、新入社員が何を題材にしていようが、あまり関心事ではありません。どのみち一年目は、工数としてはほぼマイナスです。むしろ私の消費が減るなら、そのほうがいい。そう考えていたのだと思います。これは想像ですが。

教える時間は、業務の外側から搾り出すものだと思っていると、いつまでも出てきません。外側にあるものは、忙しくなれば削られます。業務にしてしまえば、割り振られます。

業務にすると、もう一つ変わることがあります。

記録に残ります。誰が何を担当して、どれだけ時間を使ったのかが、日程表と工数に載る。載っていれば、次の人が引き継げます。載っていなければ、指導があったこと自体が、あとからは見えません。

誰にも、持ち出しをさせていません

並べてみると、共通点があります。

上司は、工数が減ります。相手の部署は、苦手な前半を肩代わりしてもらえます。本人は、一人では絶対に回ってこない仕事を持てます。私は、指導のために毎回課題を作る手間から解放されます。

誰も、教育のために何かを負担していません。

四者それぞれに、教育以外の理由がある

教育を、皆にとって得な取引の形にする。それができたとき、必要は全員の中に立ちます。

逆に、誰かが持ち出しをしている構造だと、締切が近づいた瞬間に、必要は真っ先に落ちます。そして、落ちたことは誰にも咎められません。持ち出しは、もともと帳簿に載っていないからです。

説明の質は、その後の話です

最初の記事で、上司には渡らず、若手には渡った話を書きました。同じ内容を、同じ人間が説明して、結果が分かれた話です。

あのとき渡ったのは、彼にとってそれが必要だったからでした。そして今回書いたのは、その必要をどうやって立てたか、という話になります。

説明が下手で渡らないことも、もちろんあります。ただ、順番としては後です。必要が立っていない相手に、どれだけ丁寧に説明しても、時間が余っているときの雑談で終わります。

渡らないと感じたとき、まず説明の仕方を直したくなります。私もそうでした。ただ、見るべきはその手前でした。

同じことを自分の職場でやるなら、順番はたぶんこうです。渡せる仕事があるかを、先に探す。次に、それを本人の業務として載せられるか、上司と話す。説明の準備をするのは、そのあとです。

最後に、この方法の弱点を

うまくいった話として書いてきましたが、この方法には前提があります。

渡すに値する、本物の仕事が要ります。

このときは、たまたま隣の部署に、一から設計する部品がありました。それがあったから、成立しました。

その後、新しい開発そのものが減りました。渡す仕事がない。すると、この方法は使えません。ちょうどいい課題を作って与えるやり方に戻るしかなく、それでは本人の中に必要が立ちません。

私が育てられたのは、結局その一人だけでした。方法が間違っていたからではなく、材料がなくなったからです。

そして、材料がないことは、問題として認識されません。開発がなければ、育っていないことも表に出ないからです。技能伝承がいつも手遅れになるのは、たぶんここが理由の一つです。

教育の話をしていると、教え方の議論になりがちです。ただ、教え方の前に、渡す仕事があるかどうかがあります。そしてそれは、たいてい個人ではどうにもなりません。

それでも、仕事があるときに何をするかは、選べます。

まとめ 三つあれば、たぶん足ります

振り返って、必要だったものを並べると、こうなります。

教える前に、外側で決まっている三つの条件

  • 一年という、まとまった時間
  • 受け取る側に、受け取る準備ができていること
  • その仕事が、本人の役割になっていること

三つとも、教え方の話ではありません。教える前に、外側で決まっている条件です。

  • 必要は、受け手一人の中には立たない。関係する全員が同じ絵を見て、初めて成立する
  • 教育を、皆にとって得な取引の形にする。持ち出しをしている人がいると、締切で真っ先に落ちる
  • 時間は捻出しない。業務にすれば、割り振られる
  • 責任者だと先に決めれば、判断は本人のものになる
  • 渡すに値する本物の仕事がなければ、この方法は使えない

渡らないと感じたとき、まず自分の説明を疑いたくなります。ただ、直せる余地は、たいていその手前にあります。


関連記事

スポンサーリンク
ABOUT ME
一松(いちまつ)
一松(いちまつ)
大学院(機械工学専攻)修了後、機械設計エンジニアとして設計一筋20年
大学院(機械工学専攻)修了後、製造業で機械設計に従事。20年以上、動力機器の設計開発に携わっています。現場の知見から「考えるための情報」を発信しています。
スポンサーリンク
記事URLをコピーしました