設計現場とAI

AIの運用コストは使う回数で跳ね上がります

ichimatsu

AIを入れると人件費が浮く。今や当たり前のように聞く言葉になりました。

しかし、人件費は固定費です。一人雇えば一日に何回考えても月額は同じです。AIは違います。使った分だけ費用が掛かります。いわゆる従量課金です。

この費用の発生の根本的な違いを見誤ると、痛い目にあいます。

Uberが年間予算を使い切るまで、たった4ヶ月

Uberは2025年12月、エンジニア組織にAIコーディングツールを展開しました。導入されたのはClaude Codeです。

社内の広まり方は会社の想定を超えました。2月に32%だったエンジニアの利用率は、3月には84%が日常的に使う状態になります。春には95%が毎月AIツールを使い、コミットされたコードの約7割がAI由来になりました。

現場では歓迎されました。

そして2026年の年間AI予算は、4ヶ月で尽きました。

エンジニア一人あたりの月額は平均で150ドルから250ドル。使い込む人は500ドルから2,000ドルに達しました。ある役員は2時間のコーディングで1,200ドルを積み上げています。

Uberは社内にチーム別の利用量ランキングを公開していました。使うことを奨励する仕組みです。奨励した結果、請求額も増えました。

いまUberは、ツールごとに一人あたり月1,500ドルという上限を設けています。予算枠を使い切ったあとに設けられました。

人件費とAI利用料の増え方の違い

AIの単価が9割下がっても支払い総額が増えるという予想

AIの利用料が「そのうち安くなる」という見込みは単価においては当たっています。

ガートナーは、1兆パラメータ級のモデルの推論費用が2030年に2025年比で9割ほど下がると見ています。実際、ここ2年で単価は大きく落ちました。

しかし、ゴールドマン・サックスはAIエージェントの普及で上記同期間でトークン消費量が24倍になると予測しています。

単価が10分の1になり、使用量が24倍になる。掛け合わせると総額は2倍以上に増えます。

AI利用料は従量課金です。人件費のように頭数で決まるのではなく、社内で何回使われたかで決まります。便利なツールほど、使われる回数が伸びます。

ガートナーのアナリストはこう言っています。「コモディティ化したトークンの値下がりを、最先端の推論が誰でも使えるようになったことと混同すべきではない」。

エヌビディアの技術者からは、もっと直接的な言い方が出ています。「うちのチームでは、計算資源のコストが人件費をはるかに超えている」。

エージェント型が桁違いにトークンを使う理由

AIツールへの支払いは処理した文字量で決まります。単位はトークンと呼ばれます。

一問一答で使うなら支払うのは一回分です。質問と回答の文字量だけで済みます。

エージェント型は違います。一つの依頼に対してモデルを何十回も呼びます。調べて、書いて、自分で見直して、直す。一巡ごとに問い合わせが発生します。

呼ぶたびに、それまでのやり取りを全部持ち直して渡してもいます。十回目の問い合わせには、一回目から九回目までの内容が丸ごと入っています。

回数が増えるほど、一回あたりの量も増えます。伸び方は比例ではありません。十回の見直しループを回すと、一発で答えさせた場合の約50倍のトークンを使うという試算があります。

しかし、ループを繰り返し行うことで、エージェント型の回答精度は格段に上がります。

Uberでコミットされたコードの約7割がAI由来になったのは、エージェント型が日常業務に入ったということです。

Microsoftも6ヶ月で解約しています

同じことがMicrosoftでも起きました。

2025年後半、Microsoftは社内の数千人の開発者・プロジェクトマネージャー・デザイナーにClaude Codeを開放したところ、急速に広まりました。

約6ヶ月後、直接契約していたライセンスの大半を解約しています。

撤回の理由は「使えなかったから」ではありません。使えたから広まり、広まったから費用が増えました。性能が出ていることと、費用が見合うことは別です。

請求書に出てこない費用もあります

費用は請求書に載る従量課金だけではありません。

スターバックスは2025年9月、北米の店舗に在庫管理のAIツールを入れました。NomadGo社と組んだ「Automated Counting」です。端末側で3D空間認識・画像認識・AR・LiDARを使い、ミルクやシロップの在庫を自動で数える仕組みでした。

9ヶ月で廃止されました。

・数え間違いと取り違えが多発しました。しかし、問題は誤りの多さだけではありません。牛乳・オーツミルク・アーモンドミルクのように似た容器を区別できず、自社の宣伝動画の中でもシロップのボトルを一本見落としています。
・認識精度を出すために、店舗はバックヤードの棚を並べ替える必要がありました。棚卸しを速くするツールが、店員の作業工数を増やしました。

廃止が伝わったとき、店員からは歓迎する声が出ました。「AIカウントについての私たちの意見が聞き入れられて、とてもありがたい」。

AIに合わせて現物を並べ替える作業はツールの請求書には載りません。会社側が見ようとしないものは導入の試算にも入りません。

AIエージェントは74%が撤回されています

個別の事例だけではありません。母集団でも同じ傾向が出ています。

通信サービスのSinchが2026年5月に公表した調査があります。米国・英国・ドイツ・インドなど10カ国の意思決定者2,500人以上に聞いたものです。

顧客対応にAIエージェントを本番導入した企業のうち、74%が撤回または停止していました。

理由の内訳です。
・顧客データの流出が31%
・ハルシネーションやブランド毀損の懸念が22%
・問題が起きたときに原因を診断できないことが16%

統制の仕組みが整っている組織ほど、撤回率は81%と高くなっていました。

Sinchの製品責任者はこう説明しています。「最も進んだ組織は失敗が少ないのではありません。失敗を早く見つけているのです。撤回率の高さは、監視と制御ができていることの表れであって、性能が低いことの表れではありません」。

止められる組織は、止めるべきものが見えています。止めるべきものを見つけることができない組織では、同じことが起きても撤回という行動に至りません。

なお同じ調査で、98%の企業が今年のAI投資を増やすと答えています。撤回と増資は同時に起きています。

撤回率が高い組織ほど監視ができている

機械設計の判断支援でも同じ形になります

設計の判断支援ツールにも、使う回数で費用が決まる従量課金が入りつつあります。

部品選定の絞り込み、設計レビューの下読み、過去トラブルの検索。どれも一回あたりは安く見えます。ただしどれも、便利だと分かった時点で使う回数が増える種類の作業です。試算に使った回数と、半年後の回数は一致しません。

解析条件の設定や図面のチェックをエージェント型に任せる形は、往復の回数がそのまま費用になります。条件を変えて回し直すたびに、それまでのやり取りを持ち直して投げ直すからです。設計は条件を振って比べる仕事なので、往復は減りません。

以前AIを入れたら、AIに教える人が要りましたという記事で、AIが外したときに補える人を残せるかを書きました。精度の話です。今回は精度が出た後の話です。精度が出るほど使われ、使われるほど請求額が伸びます。

導入判断のときに「月いくらまでなら払うか」を先に決めておくことが大事です。Uberは最終的にツールごとに一人あたり月1,500ドルとしました。人数と月額で置けば、月額上限が決められます。

Uberは使い切ったあとに上限を決めました。Microsoftは広まったあとに解約しました。どちらも性能を確かめてから費用を確かめています。先に月額上限を決めておかないと、止めるかどうかの判断を予算の枯渇と同時に行うことになります。

見積書に載るのは導入費用です。従量課金は、使われ始めてからしか形になりません。上限だけは、形になる前に決められます。

まとめ 性能の判定と費用の判定は別々にやる

  • Uberは2025年12月にClaude Codeを展開し、4ヶ月で2026年の年間AI予算を使い切った。一人あたり月150〜250ドル、使い込む人は500〜2,000ドル
  • 上限は一人あたり月1,500ドル。予算枠を使い切ったあとに決まった
  • 単価はガートナー予測で2030年に9割減。同時期のトークン消費量はゴールドマン・サックス予測で24倍
  • エージェント型は一つの依頼でモデルを何十回も呼び、毎回それまでのやり取りを持ち直して渡す。十回の見直しループで単発の約50倍という試算がある
  • Microsoftは数千人に開放した約6ヶ月後、直接ライセンスの大半を解約した。理由は性能ではなく費用
  • スターバックスの在庫AIは9ヶ月で廃止。棚の並べ替えが店員の作業工数として増え、請求書には載らない
  • Sinch調査で顧客対応AIエージェントは74%が撤回または停止。統制が整った組織ほど81%と高い

Uberが上限を決めたのは、予算を使い切ったあとでした。Microsoftが解約したのは、社内に広まったあとでした。上限を決めるのに必要な情報は使い始める前から揃っています。


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一松(いちまつ)
一松(いちまつ)
大学院(機械工学専攻)修了後、機械設計エンジニアとして設計一筋20年
大学院(機械工学専攻)修了後、製造業で機械設計に従事。20年以上、動力機器の設計開発に携わっています。現場の知見から「考えるための情報」を発信しています。
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