設計現場とAI

AI活用の為のKPI設定を誤ると成果に繋がらない話

ichimatsu

AIをどれくらい使っているか。業界を問わず、KPIとして設定されることが多くなっているようです。

利用率、ライセンスの消化状況、月あたりの問い合わせ回数。等。

ただし利用量が増えたことと、仕事が前に進んだことは別です。2026年に入って、AIの利用量を生産性の指標にした会社の内情が次々と表に出てきました。

トークン消費量の差は10倍、成果物の差は2倍

開発の生産性を測るJellyfishが、約1,000社・約20万人のソフトウェアエンジニアを調べています。AIツールの使い方で層を分けた結果、最も使う層は1人あたり週2億2,500万トークンを消費。平均的なエンジニアは3,200万トークンでした。

消費量の差は約10倍。ところが成果物の差は約2倍にとどまりました。

トークン消費量は活動量です。成果ではありません。KPIとして設定することは果たして正しいのでしょうか?

トークン消費量の差と成果物の差

社内ランキングが消えるまで、48時間

Metaでは1人のエンジニアが社内のイントラネットにランキングを作りました。「Claudeonomics」という名前で、85,000人の従業員をトークン消費量で並べたものです。※これはKPIではありません。

30日間の合計は60兆トークンを超えました。首位の1人だけで281億トークンです。一方、マーク・ザッカーバーグもCTOのアンドリュー・ボスワースも、上位250人に入っていません。

ランキングの中身が社外に漏れたあと、作った本人が48時間で公開をやめました。Metaは会社として削除を求めていないと説明しています。

Amazonには「Kirorank」という社内ランキングがありました。自社の開発ツールをどれだけ使ったかで従業員を並べたものです。順位を上げるために、中身のないエージェントを大量に作ってトークンを燃やす従業員が出ました。上級副社長のデイブ・トレッドウェルは社内にこう伝えています。「AIを使うためだけにAIを使わないでください」。

どちらのダッシュボードも業務の見える化のために善意で作られ、その結果余計なコストを生みました。

下限を決めると、下限に届かせる仕事が生まれます

Salesforceは金額で目標を置きました。Claude Codeに月100ドル、Cursorに月70ドル。合計で月170ドルに届かないと指摘の対象になる、と従業員に伝えられました。さらに、会社は監視用のツールまで用意しました。15分ごとに自分の消費額を表示するMacのウィジェット。同僚の消費額を見るWebツール。

Microsoftは2026年7月時点で、部門ごとにトークンの上限を設けています。きっかけの一つは、28日で28,000ドルを使った従業員が出たことです。同社はAIの利用そのものを必須としています。管理職には、人事評価で従業員のAI利用を見るよう指示しました。

利用上限を決めた会社と、KPIとして利用下限を決めた会社があります。利用下限をKPIとして設定すると、達成させるために消費が生まれます。

Amazonは開発者の80%超が週にAIを使う状態も目標に置いています。率で目標を置けば、週に一度触るだけで達成です。触った回数が増えても、仕事に効いたかどうかは分かりません。

それでも利用量を測る理由

活動量を測ること自体は誤りではありません。導入した直後は、使われているかどうかを見ないと何も分かりません。買ったまま誰も開いていないライセンスは実在します。普及の度合いを見るなら、活動量でしか測れません。

ボスワースCTOは別の見方を示しています。社内で最も優秀なエンジニアは自分の給与に相当する額のトークンを使う。それでも生産性は5倍から10倍ある。使う量が多いこと自体を否定する話ではありません。

消費量が増えた理由のほうが違います。仕事を進めた結果として消費量が増える。消費量を増やすために仕事を作る。同じ数字が出ても、中身は別です。

誤りは、活動量を成果の代わりに置いたままにすることです。

Cognizantのラビ・クマールCEOは2026年6月にこう述べています。「この2年、トークンをどれだけ消費したかは虚栄の指標(vanity metric)だった」。同社は前年に新卒2万人を採用し、2026年はさらに増やす方針です。

日本でも同じ傾向が見られます

GMOインターネットグループは2026年7月13日に、週1日認めていた在宅勤務を廃止しました。熊谷正寿会長兼社長は、根拠の一つとして時間あたりのタイピング数の減少を挙げています。

タイピング数はPCの稼働を測る代理指標です。ただしAIに文章を書かせる人ほど、打鍵の回数は減ります。

活動量の指標と成果の指標

機械設計の指標でも同じことが起きます

設計の現場にも、数えられるから数えている数字があります。出図枚数、デザインレビューの指摘件数、工数の入力時間、3D化率。

出図枚数を評価に使うと、1枚に収まる図面を分けて出す人が出てくると思います。指摘件数を目標に置けば、軽い指摘が並びます。日程を壊す様な重い指摘は出なくなります。達成率を下げるからです。

工数の入力も同じです。案件ごとに時間を入れさせると、実際に手を動かした時間ではなく、入力しやすい時間が並びます。悩んでいた時間。他の人に聞きに行った時間。図面を眺めて考えていた時間。どれも、どの案件にも入れにくいと思います。

ソフトウェアの世界では、コード行数を生産性の指標にした時期がありました。行数を増やすには、同じ処理を長く書けば済みます。トークン消費量もコード行数と同じだと、The Pragmatic Engineerのゲルゲイ・オロシュが書いています。優れた開発者は最も多く書く人ではありません。速く確実に問題を解く人です。設計でいえば、図面枚数がコード行数にあたります。

3D化率も近い形です。率を上げるには、3Dにしやすい部品から順に入れていけば済みます。難しい部品は最後まで残ります。先に上がるのは率だけです。

活動量の指標は、数字を報告する本人が動かせます。動かす手段があるほど、数字と仕事の中身は離れていきます。

以前AIの運用コストは使う回数で跳ね上がりますという記事で、使った回数がそのまま請求額になることを書きました。利用量を目標にすると、利用量とともに請求額が増加し本来ほしかった成果は得られづらい。という構造になります。

Amazonが測る場所を変えた先

AmazonはKirorankをやめました。いま追っているのは、AIが書いたコードのうち実際に本番へ出ていった量です。KPIを使用量ではなく、アウトプット量に変えました。

AI開発ツールを売る各社の幹部が挙げている指標も、大体同様の方針です。本番に到達したコードの量。コードの品質。セキュリティレビューの実施率。どれも、数字を上げるには仕事を進めるしかありません。

設計に置き換えるなら、出図した枚数ではなく、出図した図面が量産まで変更なしで通ったかどうかだと思います。図面を分けて出してもKPIは達成できません。分ける動機が消えるので、仕事のほうは効率的になります。

ただし成果の指標には弱点があります。数えるのが面倒で、かつ担当者の実施から算出終了までタイムラグが出ます。図面が量産まで通ったかどうかは、出図から半年や1年たたないと分かりません。四半期ごとの報告には間に合わない種類の数字です。

活動量が選ばれるのは、測りやすくて早く出るからです。早く出る数字を評価に使えば、数字を早く動かせる人が有利になります。

まとめ KPIが仕事から離れるほど、数字は作れる

  • Jellyfishが約1,000社・約20万人を調べ、トークン消費量の差が約10倍でも成果物の差は約2倍だった
  • Metaの社内ランキング「Claudeonomics」は85,000人を並べ、30日で60兆トークン超。首位は1人で281億トークン。ザッカーバーグもCTOも上位250人に入っていない
  • Amazonの「Kirorank」では、順位を上げるために中身のないエージェントを作る従業員が出た。上級副社長が「AIを使うためだけにAIを使わないでください」と伝えた
  • Salesforceは月170ドルの利用下限をKPIに置き、消費額を15分ごとに表示するウィジェットまで用意した
  • Microsoftは28日で28,000ドルを使った従業員が出たあと、部門ごとに利用上限を設けた
  • CognizantのCEOは、トークン消費量を「虚栄の指標」だったと述べている
  • GMOはタイピング数の減少を根拠の一つに在宅勤務を廃止した。AIに書かせる人ほど打鍵は減る
  • AmazonはKirorankをやめ、KPIを使用量からアウトプット量(本番へ出ていったコードの量)に変えた

活動量は数えるのが簡単です。成果は数えるのが面倒です。KPIに簡単なほうを置くと、その数字を増やすための仕事が始まります。


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一松(いちまつ)
一松(いちまつ)
大学院(機械工学専攻)修了後、機械設計エンジニアとして設計一筋20年
大学院(機械工学専攻)修了後、製造業で機械設計に従事。20年以上、動力機器の設計開発に携わっています。現場の知見から「考えるための情報」を発信しています。
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