AIで解ける属人化と解けない属人化 中小企業の事業承継データから
属人化を解消した記事と、属人化の対策をうまくとることができず会社が倒産した記事。両方を見る機会があります。
どちらも「属人化」に関する話です。しかし中身は正反対です。片方は生産計画の工数が半分以下になった話。もう片方は後継者が見つからないまま廃業した話です。
AI導入の記事を検索すると、属人化を解消した事例を大量に見つけることができます。同時に、事業承継の記事を検索すると後継者不在で廃業する会社の話も同じく見つけられます。同じ「属人化」に関する記事ですが、まるで別の話です。
AIが解いた属人化と会社を廃業に追い込んだ属人化を比べると毛色が違うことがわかります。
5〜6時間かかった生産計画が半分以下になった理由
ヤンマー建機は、建設機械の生産計画をAI搭載のBIツールに任せました。対象は海外向けを含む数千種の製品仕様と、製造ラインごとの負荷です。組み合わせが膨大で、担当者は長年の経験と知識をもとに、Excelで一件ずつシミュレーションを組んでいました。かかる時間は一日あたり5〜6時間です。
Excelでのシミュレーションは、担当者ごとに優先順位のつけ方が違いました。どの仕様を先に組むか、どのラインに余力を残すか。数字には残らない判断が、そのまま作業時間になっていました。
AIが担ったのはこの組み合わせの並び替えです。人の作業は並び替えた結果をドラッグ&ドロップで微調整するだけになりました。策定時間は半分以下に縮みました。
ヤンマーで属人化していたのは、シミュレーションの組み方です。人では長年の経験がないと組み合わせを絞り込めませんでした。長年の経験で出来上がったルールがなければ解けないパズルのようなものです。ルール(条件)が明確であり、無数の計算を機械的に行う作業はAIが最も得意な分野です。判断材料が過去の実績とルールに収まる仕事はAIに任せることで属人化が解消できます。
AIに任せた部分と人が担ったままの部分
ソフトバンク購買部門は、調達交渉の一部をAIエージェントに任せました。過去の調達実績の参照、指標の検索、比較分析、交渉プランの検討までです。熟練の調達担当者が積み上げてきた勘所を、エージェントが引き継ぎました。
戦略の選択と最終合意はAIに任せていません。人が判断する場面として残しています。会社を代表して相手と握る部分は、AIが得意な型に収まりませんでした。ソフトバンクはこの運用を「Human in the Loop」と呼んでいます。AIが材料を並べ、人が選ぶところで人の手を挟む形です。AIはルール(条件)の中で動くことが得意です。逆に、ルール(条件)からはみ出してしまうと、極端にもろくなります。前例のない相手や、市況が急変した局面まで同じ型で押し通すと、型の外にある判断が抜け落ちます。戦略の選択を人に残しているのは、その抜け落ちを人が拾うためです。
ソフトバンクでも属人化を解いたのは、分析と立案の手順の部分です。判断そのものは人が担っています。
AIが人に代われるのはルール(条件)上のプロセスだけです。フレキシブルに動き判断ができる「人」の部分に代わりはいません。

一方、属人化が解けないまま廃業に追い込まれるケース
一方で、属人化を解けないまま会社が倒産する事例も多くあります。中小企業の事業承継を追った18件の記事では、きっかけの半数が経営者・技術者本人の引退や死去でした。後継者候補が見つからなかった事例も3割弱あります。健康問題による突発的な離脱、後継者はいたが技術を継げなかった事例も、それぞれ1割ほど含まれています。共通しているのは、技術や経営の判断が一人の頭の中にしかなかった構造です。
帰結は、承継の断念・失敗が過半数、廃業がおよそ2割です。第三者への承継で存続できたのは1割程度にとどまりました。
岡山県津山市のカバン職人は、62年続いた会社を営んでいました。視力の低下や指先の衰えで作業が難しくなり、後継者を探しましたが見つからず廃業に至っています。技術はマニュアル化が難しく、家族の事情で承継を断念した候補者もいました。
ヤンマーやソフトバンクがAIで解消できたのは、ルール(条件)の中で取り扱う仕事。この18件で足りていないのは、事業そのものを引き受ける人。ヤンマーやソフトバンクでは最終的に人に残した部分そのものです。
設計の技能伝承は、なぜいつも手遅れになるのかでも書きましたが、設計力が一人の頭の中にあるまま失われると後から取り戻せません。事業承継で起きているのも同じです。
130年続いた無添加の技術は、24歳の非血縁者が引き継ぎました
福岡の「吉開のかまぼこ」は130年続いた店です。先代は魚のすり身とみりん、昆布だし、塩だけで作る無添加の製法を、8年かけて完成させました。リン酸塩も保存料も、つなぎの卵白やデンプンも使いません。
先代が廃業を考えたとき、承継先候補として60社に打診しましたが、すべて断られました。理由はニオイのクレーム対応に1億円を超える移転費用がかかること、練り物業界の将来性への懸念です。
技術を継いだのはAIではありません。大学時代にこの店と出会った林田茉優さんです。無報酬で支援を続け、近隣のニオイ問題を一件ずつ回って同意を取り付け、24歳で4代目に就きました。
技術そのものは8年かけて作られた手順として残っています。それでも技術が残るかどうかを決めたのは、信用を積み上げること。つまりルール(条件)外で動くことのできる「人」でした。手順を持っているだけでは引き継ぎ先は決まりません。
AIで属人化を解くこと自体も簡単ではありません
韓国の鋳造工場では、ベテランの技能をAIモデルに移す取り組みが進んでいます。砂の湿度を手の感覚で判断するような、計測機器では測れない技能です。生砂の水分は型の強度と崩れやすさを左右します。湿度計で数値は測れても、職人が見ていたのは指先で握ったときの締まり具合で、数値だけでは再現できませんでした。現場のプロセス分析だけで1年以上、モデル開発に2年、合わせて3年以上をかけて完成させました。プロセス分析は、1回5時間を超えるセッションの積み重ねです。研究者が職人に張り付き、感覚を言葉に置き換える作業に、まず1年を使っています。
この期間収益は生まれません。長年のデータを蓄積してきた企業だからこそ実施できた取り組みです。資金に余裕のない企業が同じ方法をとるのは難しいと、開発した鋳造所のCEOは述べています。この状況を、CEOは「黄金の窓」と表現しました。ベテランが現場にいるうちにしか、その技能を言葉にできない時間を指す表現です。窓が閉じれば、AIに移す元データそのものがなくなります。
一方で、鋳造業に携わる技術者のうち、50歳以上が37%、30歳未満は1割にとどまります。新しく入ってくる人の数が、辞めていく人の数に追いついていません。
AIで属人化を解く一方、ベテランは辞めていきます。3年かけてAIが手順を覚える間に覚えるべき相手が先に辞めていく現場があるのです。

設計の現場でも根本の考え方は同じです
機械設計の現場でも、AIが判断材料を返すところは増えています。CADのモデリング支援、干渉チェック、部品候補の絞り込み。過去の設計データと規格から組み立てられる手順です。過去の不具合と対策の記録を探し出す作業も、AIが担えるようになってきました。候補を絞り込むところまでは、条件を入れれば再現できます。
それでも、設計レビューの場で「この対策で十分か」を判断するのは人です。記録に残っていない条件、規格の行間、過去に痛い目を見た経験は、検索しても出てきません。
図面の承認と最終的な責任の所在をAIに任せられた実績はありません。その判断がルール(条件)内であるか、判断して承認する。その判断が正しかったかどうかは人でしか確かめられないからです。
AIを入れて人を減らした先で何が起きるかはAIを入れたら、AIに教える人が要りましたで書きました。Fordは品質検査をAIに任せた後で350名のベテランを呼び戻しています。
設計現場でもAIで属人化を解消できるプロセスと、人が担うべき判断は別々なのです。
境界を分けているもの
ここまでの事例でわかること。つまりAIで属人化を解消できるかどうかは、判断の材料が過去の実績の中で完結するかどうか次第です。ヤンマーの生産計画も、ソフトバンクの調達分析も、集めたデータの範囲で答えが決まります。手順として書き出せる時点で、AIに移す準備は整っているのです。
事業承継の交渉や、設計レビューの最終判断には、目の前の相手や状況によって変わる要素が入ります。過去にない組み合わせが出たとき、どこまでなら許容できるかを決めるのは、その場の判断です。データの外側にある判断を、AIはまだ引き受けていません。
吉開のかまぼこと韓国の鋳造工場は、この境界の両側を同時に見せています。技術そのものは8年や3年かけて手順に落とせます。落とした手順を誰が引き継ぐか。もう一段別の問題が、手順化した後にも残ったままです。
まとめ 属人化には、二つの問題が入っています
- ヤンマー建機:生産計画の策定時間が5〜6時間から半分以下に短縮。属人化していたのはシミュレーションの手順
- ソフトバンク購買部門:分析と立案はAIエージェントが担当、戦略の選択と最終合意は人が担当
- 事業承継18件:きっかけの半数が引退・死去、帰結は承継の断念・失敗が過半数、廃業がおよそ2割
- 吉開のかまぼこ:8年かけた無添加の製法、60社に断られたあと24歳の非血縁者が承継
- 韓国の鋳造AI:ベテランの技能を移す取り組みに3年以上、鋳造業の50歳以上は37%、30歳未満は1割
AIが人に代われるのはルール(条件)上のプロセスだけです。人そのものの欠員は別の方法で埋めるしかありません。

