官能評価 AIで数値化しても良し悪しを決めるのは人
「AIで官能評価を数値化した」という発表を、この2年でよく見かけるようになりました。食品の味、コンクリートの打音、車室内の音。分野は多岐にわたっています。
事例を集めて分類しました。集まった件数は30件。25件は人間の官能評価との併用と明記しています。数値化で概ね代替できたと書いているのは3件、代替できなかったと書いているのは1件でした。残念ながら分類できない記事は1件ありました。
※公表された調査ではなく、筆者が公開情報から集めた自前の集計です。
様々な分野で実施されていますが、どの報告も似たような壁に突き当たっています。同じものを評価した人どうしで判定が割れる。測定器が人と違うものを測っている。学習した枠からはみ出すと予測が崩れる。三つとも、AIの精度が足りないという話ではありません。
音圧レベルが下がっても、耳障りな音は残っていました
以前、回転する機械の騒音を下げる仕事をしました。対策の前と後で音圧レベルを測って下がっていればOKだと思って着手しました。
当時の私にとって「静かにする」とは、音圧レベルの数字を下げることだと思っていたからです。
ところが音圧が下がった音を自分の耳で聞いてもまだまだうるさいのです。対策をすると嫌な音と一緒にまわりの音も下がり、目立っていた成分がかえって前に出ていました。
音圧レベルで測れるのは音の総量です。人がうるさいと感じるかどうかは、音量だけでなくまわりの音との差でも変わります。プレゼンス帯域のように他の音より通りやすい成分は、音量を下げても耳に残ったままです。
AIやセンサーを使えば差は数値になりますが、良し悪しの基準は人が決めます。
同じ試作品への評価が研究員どうしで割れた
大塚食品は2026年に、味とレシピを予測するAI「おいしさLENS」の運用を始めました。ベテラン研究員の味の感覚を数値化して、ボンカレーの味をつなぐために使っています。
味に関する218の表現を、16の評価属性に整理しました。原材料が味に与える影響度を数値にして、複数のレシピ候補を出すところまでできています。商品にならなかった失敗レシピも、学習データとして次の開発に回せます。
同じ試作品を食べても、「味が強い」と答える研究員と「弱い」と答える研究員がいました。試作品の評価はそのままではAIに学習させられません。最終的な味づくりには、いまも熟練研究員の判断がいります。
官能評価の規格でも、評価にあたる人の分け方が先に決まっています。JIS Z 9080:2004が置いているパネルの区分は、分析型と嗜好型の二つです。分析型は試料の属性を判定するもので、一定の感度が要り、最低10人必要です。嗜好型は消費者の好みを予測するもので、特別な感度は要りません。
※パネルは、官能評価にあたる人の集まりを指します。
大塚食品が学習データに使えなかったのは、属性の判定のほうです。味の強弱という属性でさえ、良し悪しの基準を決める前の段階で答えが割れています。

数値化が止まった場所を、公開事例から三つに分けて並べました。
マスキングではセンサーの測定の数値は下がりません
苦味を抑えたいとき、別の味を加えて感じにくくします。マスキングと呼ぶ手法です。人は苦味が抑えられたと感じます。ところが味覚センサーは、酸味や苦味の成分が残っている限り、数値を出し続けます(コニカミノルタの技術コラム)。
人の感覚は、まわりの成分との関係で決まります。センサーが出すのは成分の量です。冒頭の騒音対策でも、同じことが起きていました。背景の音が下がったから目立っただけで、目立った成分そのものは増えていません。

センサーの数値は成分の絶対量で動き、人の感覚はまわりとの差で動きます。図の左と右で、同じ対策が反対の答えになります。
オタフクソースはIHIと組んで、2025年に味の再現システムを作りました。理化学分析値に分光スペクトル、つまり光の波長ごとの吸収度を足しています。目標の味に近いものを、過去10年の約15,000種から5分で抽出できるようになりました。それまで30分から60分かけていた作業です。
一方で、見送った測り方もあります。
- 五味(甘味・旨味・酸味・塩味・苦味)の表示は、適した分析器がなく断念
- 匂いセンサーは、適したものが見つからず断念
- 味覚センサーは官能評価と一致して精度は問題なかったものの、1日10サンプルしか分析できず断念
三つ目は精度の問題ではありません。人の官能評価と一致したセンサーですが、1日10サンプルという分析速度の遅さで使い物にならなかったということです。開発の回転に間に合わなければ、精度が出ても採用されません。
音の分野でも、同じずれが出ています。SAE Noise & Vibration Conferenceで、Wade Bray氏が両耳録音の限界を挙げています。両耳の位置で録った音をそのまま再生しても、車室の中で目に入るものがないと、人の知覚とは合いません。視覚と聴覚が互いに影響し合うマッガーク効果によるものです。
学習した枠からはみ出すと予測が崩れます
同じSAEの会議で、Stellantisのガウラフ・アグニホトリ氏が「AIや機械学習は存在しないデータを作れない」と述べています。ANSYSのバスカール・バナジー氏は、もっと具体的です。車室の寸法が300mm変わると、学習した範囲を外れて予測が崩れます。
300mmは、設計変更としては珍しくない差です。
沢井製薬は2025年3月の技術説明会で、錠剤の味と香りをAIで評価するTASTEYEと、口腔内崩壊錠の食感を客観評価するODITEXを公開しました。甘味料と香料を学習させている段階で、苦味の指標としてコーヒー香料を追加したところ、過学習が疑われて予測がぶれています。特定の香料だけ学習し直して収束させました。
学習データを増やしたのに、予測が悪くなっています。何を入れるかを決めているのは人です。
産業技術総合研究所(産総研)は2017年に、AIを使った打音検査を発表しました。点検ハンマーの打音を機械学習させて、異常箇所と異常度を自動で検知します。非熟練者でも見落としを減らせます。
ここで難しかったのは正常であるという判断です。学習データが足りず「正常モデル」を作れないため、現場で健全なコンクリートの打音を最低5点入れ、検査中もオンライン学習で更新していきます。最初の基準に置いているのは、熟練点検員が持っている「正常音」の感覚です。異常を見つける仕組みなのに、出発点は人の感覚でした。
それでも導入は進んでいます
NVH試験の市場は、2025年の25.8億ドルから2030年に35.0億ドルへ伸びる見込みです。一方で、熟練のNVHエンジニアは足りていません。AIを組み込んだ結果、モード解析のカーブフィットは1週間から1日に縮みました。Design Newsは分担の例も挙げています。AIが事前に選別し、若手がその箇所を確認し、シニアが複雑な解釈と設計判断を受け持ちます。
日立製作所は2025年に、設備の異常音を生成AIに文章化させる技術を出しました。「異常な振動音と高周波のキーキー音」といった書き方です。判断精度は熟練技術者と同等です。2025年度から実証を始め、2〜3年後の事業化を想定しています。狙いは異常判断の標準化と、どの音に着目するかを学ぶ人材育成で、最終判断は人が下します。
東京電機大学の武政誠准教授らは2020年に、ポテトチップスの食感をAIで数値化しました。奥歯に見立てた圧縮装置で2,000回以上の圧縮試験を行い、力と変位の時間変化から3種類を判別しています。人の官能試験を置き換えるものではありません。主観を排して定量化する、別のアプローチです。
オタフクソースの吉田室長は、完成したシステムを「試作品一号機」と呼んでいます。データを増やして品目を広げる前提だからです。
では、良し悪しの基準が人に残るなら、数値化は途中で終わった仕事なのでしょうか?
違うと思います。差の検出が速くなれば、試作を回せる回数が変わります。15,000種から5分で候補が出るなら、その日のうちに次の試作へ入れるからです。
設計現場でのAIとの付き合い方
測っているのは差か、良否の判定か
まず、任せようとしている仕事が差の検出なのか、良否の判定なのかを決めます。差の検出なら、AIやセンサーに渡せる範囲は広いです。良否の判定まで渡すなら、良し悪しの基準を誰がどう決めたかを判定条件として書き残しておきます。書き残していないと、モデルを作り直すときに再現できません。
その測り方が何を捨てているか
指標を一つ選んだ時点で、捨てるものも決まります。
- 音圧レベル……まわりの音との差
- 味覚センサー……成分どうしの打ち消し合い
- 両耳録音……車室の中で目に入るもの
測ると決めた数字に合わせて、現場の動き方も変わります。AIの利用量を測ると、AIを使うための仕事が増えますで書いた話と同じです。
学習データの外はどこか
車室の寸法が300mmで崩れた例を先に挙げました。手元の設計変更の幅が学習データの範囲を超えていないかを、予測を受け取る前に確かめます。
※学習した範囲が示されていないモデルは、範囲を外れたことに気づけません。適用範囲の記載を、導入時に確認しておきます。
まとめ:官能評価のAI数値化で押さえておきたいこと
- 公開事例30件のうち25件が人間の官能評価との併用。概ね代替できたのは3件。
- 大塚食品は218の表現を16属性に整理。研究員どうしで味の強弱の答えが割れ、試作品の評価は学習に使えず。
- オタフクソースとIHIは分光スペクトルの追加で約15,000種から5分。五味の表示・匂いセンサー・味覚センサーの三つは見送り。
- 産総研の打音検査は正常モデルを作れず、最初の基準に熟練点検員の正常音。
- NVHはAIが事前に選別、若手が確認、シニアが解釈と設計判断。モード解析は1週間から1日へ。
- 測定器で出せるのは差の数値まで。良し悪しの基準は人が決める。
数値化で楽になるのは、差を見つけるところまでです。良し悪しの基準は、どの指標で測るかを決めた時点でもう入っています。
指標を選ぶ仕事は、いまのところ設計者のものです。AIに渡す前に、その指標が何を捨てるかを一度書き出しておくと、後戻りが減ると思います。

