解説:インボリュートスプライン

I. はじめに:インボリュートスプラインとは?
機械要素の中でも、軸とハブ(または穴)を結合し、トルクを伝達する目的で広く用いられているのがスプライン継手です。機素の連結としては、インボリュートスプライン以外にキー、角スプライン、セレーションがあります。キーは角キー、接線キー、半月キーがあります。 角スプラインの軸はフライスカッタで加工し、穴スプラインはスロッタ、ブローチなどで加工するのが一般的であるため高精度な加工は望めません。角セレーションでは負荷容量が劣ります。
インボリュートスプラインは負荷能力、生産性、そして寸法管理面から考えて最も安定した機械要素といえます。その中でも特に重要な位置を占めるのが「インボリュートスプライン」です。
A. 定義と基本機能
インボリュートスプラインは軸の外周、または円筒穴の内周に、インボリュート曲線に基づいた歯形を設けた機械要素です。その機能は、同軸上にある二つの部品(軸と穴)間で回転力を確実に伝達することです。圧入やカシメなどとは違い、軸上を滑って移動する事(摺動)が可能です。軸側に加工された歯(雄スプライン)と、それに対応する相手部品(ハブや歯車など)の内面に加工された歯溝(雌スプライン)がかみ合うことで構成されます 。
「インボリュート」とは、円筒に巻き付けた糸をたるまないようにほどいていく際に、糸の先端が描く軌跡である「インボリュート曲線」の事です。要は、形を表す名前です。一般的な歯車でも使われる曲線です。この曲線形状が、インボリュートスプラインの優れた性能特性の根幹です。
B. インボリュート形状の利点
スプラインにおいてインボリュート曲線の歯形を採用する利点。
- 高い強度と耐摩耗性: インボリュート歯形は、歯面にかかる応力を効果的に分散させることができます。また、滑らかなかみ合いは局所的な摩耗を低減します 。適切な材料選定と熱処理(例えば表面硬化)を施すことで、さらに高い強度と耐摩耗性を得ることが可能です 。
- 加工の容易さ: 他の複雑な歯形と比較して、インボリュート歯形は歯切り盤(ホブ盤や歯車形削り盤)、転造盤、研削盤など、既存の歯車加工技術を用いて比較的容易に、かつ高精度に製作できます。これは、コスト効率の面でも有利な点ですが、極めて高い精度が要求される場合には、やはり精密な加工・仕上げ工程が必要となります。
- 自己心出し効果(歯面合わせの場合): 後述する「歯面合わせ」で設計された場合、かみ合う歯面の角度によって、軸と穴の中心が自然に一致しようとする効果(自動調心効果)が得られます 。
C. 主な用途
その高い信頼性と効率性から、インボリュートスプラインは極めて広範な産業分野で利用されています 。
- 自動車: トランスミッション内部の歯車と軸の結合、ドライブシャフト、ステアリングシャフトなど、駆動系部品に不可欠です 。
- 航空宇宙: 高い信頼性と軽量高強度が求められる分野で活用されます。
- 工作機械: スピンドルや送り機構など、高精度な動作が要求される箇所に使用されます 。
- 産業機械・ロボット: 各種動力伝達部や連結部に用いられます。
- その他: 洗濯機のモーターとドラムの連結部や、自転車のギア・ペダル部など、身近な製品にも使われています 。
II. インボリュートスプラインと歯車の違い
インボリュートスプラインと歯車は、どちらも「インボリュート歯形」を利用することが多く、用語にも共通点が見られますが 、その機能と構造には明確な違いがあります。
A. 機能的な違い
- インボリュートスプライン: 主な目的は、同じ軸線上にある軸と穴(ハブ)を結合し、トルクを伝達することです 。多くの場合、軸方向の相対移動(スライド)が可能です。回転速度比は常に1:1であり、速度やトルクを変化させることはありません。
- 歯車: 主な目的は、異なる軸(平行軸、交差軸、食い違い軸)の間で運動と動力を伝達することです 。通常、回転速度を減速または増速し、それに伴ってトルクを増減させる機能(歯車比)を持ちます 。
B. 構造的な違い
- インボリュートスプライン: 軸の外周に歯が加工された「雄スプライン」と、穴の内周に歯溝が加工された「雌スプライン」が組み合わさって機能します 。
- 歯車: 一般的には、二つの外歯車同士がかみ合うか、外歯車と内歯車、あるいは外歯車と直線状の歯を持つラックがかみ合う構造をとります 。
C. 用語の共通性と混同注意
前述の通り、インボリュートスプラインと歯車は、インボリュート曲線という共通の幾何学的基盤を持つため、「モジュール」、「圧力角」、「ピッチ円」といった共通の用語が使われます 。しかし、両者の本質的な役割は異なります。インボリュートスプラインはあくまで部品間の結合要素であり、歯車は運動伝達・変換要素です。
両者は、インボリュート形状が持つ強度や精度といった利点を活用していますが、スプラインはそれを強固な「同軸結合」のために、歯車は効率的な「運動伝達・変換」のために利用しているのです。
III. スプラインのはめあい:大径合わせと歯面合わせ
インボリュートスプラインのはめあいとは、雄スプライン(軸)と雌スプライン(穴)がどのように組み合わさり、互いの中心位置を決定するか、また、その際のすきま(クリアランス)またはしまり(干渉)の度合いを指します。このはめあいの種類によって、スプライン継手の性能特性が大きく変わります。はめあいは主に、軸スプラインの有効歯厚(SV)と穴スプラインの有効歯溝幅(EV)の寸法関係によって管理されます 。
A. はめあいの種類と目的
はめあいの主な目的は、軸と穴の同心度を確保し、トルクを伝達する際の歯面への負荷を均等に分散させることです。主に「大径合わせ」と「歯面合わせ」の二つの方式があります。
B. 大径合わせ (Major Diameter Fit)
- 機構: この方式では、軸スプラインの外径(大径、Dee)と、穴スプラインの(対応する)内径(小径、Dii)との嵌合によって、軸と穴の中心を合わせます 。歯面(フランク)間には、意図的にすきまが設けられます。
- 特徴: 理論的には、大径・小径の寸法精度を厳しく管理すれば、強固な心出しが可能です。円筒面の加工や測定が、歯形形状そのものよりも容易な場合があります。大径部分での接触が支配的であれば、高いトルク負荷に耐えうる可能性も考えられます。
- 用途: 軸の外径基準で精密な位置決めが必要な場合や、ピッチ円と大径との間に多少の偏心を許容できる用途で選択されることがあります。しかし、高精度な回転伝達が求められる用途では、後述の歯面合わせほど一般的ではありません。

過去、JISには自動車向けスプラインとして規定していました。(自動車用スプラインJISD2001)しかし、現在では廃止規格となっています。規格としておすすめは歯面合わせという事ですね。
しかし、昔から実績として使い続けるという理由、で大径合わせを使い続けているメーカーもあります。
C. 歯面合わせ (Flank Fit)
- 機構: この方式では、軸スプラインの歯面と穴スプラインの歯面(フランク)が接触することによって、軸と穴の中心を合わせます 。インボリュート歯形の持つ角度によって、部品同士が自然に中心に向かって案内されます。大径部および小径部には、すきまが存在します。
- 特徴: 優れた自己心出し能力(自動向心効果)を発揮し、軸と穴のピッチ円の同心度を高く保つことができます 。これにより、各歯への負荷が均等に分散され、より滑らかな回転と動力伝達が実現します。大径・小径の寸法公差は、大径合わせの場合よりも若干緩く設定できる可能性があります。
- 用途: 回転精度、滑らかな動力伝達、精密な位置決めが要求される用途で主に使用されます。例えば、自動車のトランスミッション、精密機械のカップリングなどが挙げられます 。インボリュート形状の精度を最大限に活かす方式であるため、インボリュートスプラインでは最も一般的に採用されるはめあい方式です。
D. 有効歯厚と有効歯溝幅
JIS B 1603などの規格では、はめあいを管理するために「有効歯厚 (SV: Effective Tooth Thickness)」と「有効歯溝幅 (EV: Effective Space Width)」という概念が定義されています 。これらは、単一の歯や溝の寸法ではなく、ピッチ誤差、歯形誤差、リード誤差など、スプライン全体の幾何学的な誤差を含んだ上で、全長にわたって干渉なくはまる仮想的な完全形状の寸法を表します。
実際のすきま(またはしまり)は、穴の最小有効歯溝幅(EVmin)と軸の最大有効歯厚(SVmax)の差によって決まります(有効すきま cv
) 。特定のはめあい等級(例:滑動はめあい)は、主に軸スプラインの有効歯厚(SV)の公差を調整することによって得られます 。
はめあいの選択は、単なる組み立てやすさの問題ではなく、スプライン継手の性能精度と負荷能力を直接左右する重要な設計判断です。特に歯面合わせは、インボリュート歯形自体の精度を利用して高い同心性を得るため、滑らかで正確な回転が求められる場合に優れています。一方、大径合わせは円筒面の制御に依存するため、異なる位置決め要件には適するかもしれませんが、歯面合わせと同レベルのピッチ円同心性を本質的に保証するものではありません。そして、どちらのはめあいを選択するにしても、「有効」寸法という考え方が示すように、単なる寸法だけでなく、ピッチや歯形といった幾何公差を管理することが、狙い通りの機能を実現する鍵となります。
IV. 規格の比較:JISとISOにおけるインボリュートスプライン
インボリュートスプラインの設計、製造、検査においては、互換性や性能を保証するために、標準規格の遵守が不可欠です 。日本産業規格(JIS)、国際標準化機構(ISO)、ドイツ規格協会(DIN)、米国国家規格協会(ANSI/SAE)など、世界には様々な規格が存在します 。これらの規格は、スプラインの基本的な形状パラメータ、寸法公差、検査方法などを規定しています。
A. 標準化の重要性
規格によって定義される主なパラメータには、以下のようなものがあります:
- モジュール (Module): 歯の大きさを表す基本的な単位。
- 圧力角 (Pressure Angle): 歯面にかかる力の方向を決定する角度。一般的に 20∘, 30∘, 37.5∘, 45∘ などが用いられます 。
- 歯たけ係数 (Addendum/Dedendum coefficients): 歯の高さに関する係数。
- 歯底形状 (Root form): 丸み(フィレット)を持つか、平底かなど。
- 公差とはめあい等級 (Tolerances/Fit classes): 歯厚、歯溝幅、ピッチ、歯形などの許容誤差とはめあいの種類。
- 転位 (Modification / Profile shift): 歯形を半径方向に移動させること。強度向上や干渉防止のために用いられます 。
B. JIS規格 (JIS Standards)
日本国内で広く参照されるのはJIS規格です。
- JIS B 1603: 一般的なインボリュートスプラインの形状、寸法、検査方法を規定しています 。
- JIS D 2001: 自動車用インボリュートスプラインに関する規格です 。
JIS規格では、特定の圧力角(例:20∘ )や転位係数(+0.8 (稀に +0.9) )が規定されています。
C. ISO規格 (ISO Standards)
国際的な標準としては、ISO 4156がインボリュートスプラインの主要な規格です。ISO規格は、JIS B 1603と同様のパラメータをカバーしており、国際的な互換性を目指していますが、JISなどの国内規格との間に差異があります。
D. JISとISO(およびその他規格)の主な相違点
異なる規格間では、以下のような点で違いがあります。
- 圧力角: 規格によって標準とされる圧力角が異なる場合があります(例:JIS 20∘ vs SAE 30∘ )。一般に、圧力角が大きいほど歯の強度は増しますが、軸受荷重が増加したり、騒音が大きくなる傾向があります。
- 転位: 標準的な転位係数や、転位の考え方が異なる場合があります 。転位は歯厚、歯元強度、かみあい率に影響します。
- 公差とはめあい等級: 公差値や等級の定義、表記方法が異なることがあります 。
- 歯底形状: 歯底の丸み(フィレット半径)や形状の規定が異なる場合があります。
- 測定・検査方法: 基本原理は類似していても、計算方法や基準とする箇所が微妙に異なる可能性があります。
表1:スプライン規格の概念的な比較(JIS B 1603 vs. ISO 4156)
パラメータ | JIS B 1603 (代表例) | ISO 4156 (代表例) | 主な相違点・注意点 |
主な圧力角 | 30∘, 20∘ (旧規格等) | 30∘, 37.5∘, 45∘ | ISOはより多様な圧力角を規定。20∘ はJISでは歯車で一般的だが、スプラインでは 30∘ が主流。 |
モジュール体系 | メートルモジュール | メートルモジュール | 基本的に共通。 |
はめあい定義の基準 | 有効歯厚(SV)・有効歯溝幅(EV) | 有効歯厚・有効歯溝幅 (Effective) | 概念は共通。 |
公差等級システム | 独自の等級(例:精度等級 4級~8級) | ISO等級に基づく | |
転位(プロファイルシフト) | 転位係数による指定 | 転位係数による指定 | |
歯底形状 | フィレット(丸み)または平底 | フィレット(丸み)または平底 |
注意:この表は一般的な傾向を示す概念的な比較です。実際の設計・製造にあたっては、必ず適用される規格文書の原文を参照してください。

大径合わせのJISD2001は廃止されたことは上述しましたが、実はJISB1603も廃止されています。
つまり、JIS上では正式なインボリュートスプラインの規格は無いのです。
ですので、各メーカーは各社実績をもとに旧JISを参照して管理運用しているのが実情です。
しかし、新規参入メーカーに対しては非常に困る状況でした。
これに対して、JSA(日本規格協会)は、2025年にISO規格の日本語版を発行しました。
E. 設計・製造における注意点
- 図面や仕様書には、適用する規格の名称と版数を明確に記載することが不可欠です。
- 異なる規格に基づいて設計・製造された部品を混用することは、形状の不適合により、原則として不可能です。
- 国際的な取引や共同開発においては、使用されている規格(JIS, ISO, DIN, ANSI/SAE等)を正確に把握し、その差異を理解しておく必要があります 。
V. オス(軸)スプラインの成形方法と設計上の注意点
雄スプライン(軸スプライン)を製造するには、いくつかの方法があり、それぞれに精度、コスト、生産性、設計上の制約が異なります。
A. 主な成形方法
- 切削加工 (Cutting):
- ホブ切り (Hobbing): ホブと呼ばれるねじ状の総形工具を回転させながら、工作物を同期回転させて歯形を創成する方法です。一般的な方法であり、汎用性が高く、良好な精度が得られます。中量から大量生産に適しています 。
- 歯車形削り (Gear Shaping): ピニオンカッタと呼ばれる歯車状の工具を往復運動させながら、工作物と同期回転させて歯形を創成します。ホブ切りでは工具の逃げ場がないような、段付き軸の根元に近い部分のスプライン加工も可能です。
- フライス加工 (Milling): スプラインの歯溝形状に合わせた総形フライス工具を用いて加工します。ホブ切りや形削りに比べて加工時間は長くなる傾向があり、少量生産や試作品、大型のスプライン加工に用いられることがあります。
- 転造加工 (Rolling):
- 冷間転造 (Cold Rolling): スプライン形状の歯形を持つダイス(金型)を、素材に強く押し付けながら転がすことで、塑性変形させて歯形を成形する方法です。材料を除去せず、盛り上げて成形するため、切りくずが発生しません。生産速度が非常に速く、表面仕上げが滑らかで、加工硬化により材料強度(特に疲労強度)が向上するという利点があります。また、材料の節約にもなります。ただし、展延性のある材料が必要で、加工前の素材(ブランク)の寸法精度管理が重要になります 。歯端の面取りなども同時に成形可能です。
- 研削加工 (Grinding):
- 切削加工や熱処理の後に行われる仕上げ加工として用いられることが多い方法です。砥石を用いて歯面を精密に削り、極めて高い寸法精度、形状精度、および良好な表面粗さを得ることができます 。熱処理による歪みの除去にも有効です。耐摩耗性の向上にも寄与します 。
B. 工法による精度の違いと比較
- 精度: 一般的に、研削加工が最も高い精度を実現できます 。冷間転造も、適切な条件下では高い精度と優れた表面性状(粗さ、疲労強度)を達成可能です 。切削加工(ホブ切り、形削り)は、多くの用途で十分な精度が得られますが、機械の状態や工具、加工条件に依存します。フライス加工は、一般に他の方法より精度は劣ります。
- コストと生産性: 大量生産においては、冷間転造が最も高速でコスト効率が良いとされます。ホブ切りは汎用性が高く、広く用いられています。研削加工は、最高の精度を得るために必要ですが、工程が増えるためコストと時間は増加します。
C. 設計上の注意点
- 材料選定: 要求される強度、靭性、耐摩耗性、加工性(切削性や転造性)、そしてコストを考慮して、適切な材料を選定する必要があります 。また表面硬度と心部強度を得るために、焼入れ焼戻しなどの熱処理が施されます。材料の選択は、適用可能な製造方法にも影響します(例:転造には展延性が必要 )。
- 刃物干渉 (Tool Interference / Undercutting):
- ホブ切りや歯車形削りでは、工具が加工部からスムーズに抜けるためのスペース(逃げ)が必要です。スプラインを、それより直径の大きな段部(ショルダー)に近接して設計すると、工具が段部に干渉したり、工具の逃げを確保するために不完全な歯形になったり、あるいは特殊で強度の低い工具が必要になる場合があります。
- これを避けるため、スプラインの終端に「逃げ溝 (Relief groove / Undercut)」を設けるのが一般的です。逃げ溝の寸法は、使用する工具が干渉しないように十分である必要がありますが、応力集中を避けるために必要最小限に留めるべきです。
- また、歯数が少なすぎる場合や、過大なプラス転位を行った場合にも、歯切り加工時に歯元がえぐられる「アンダーカット」が発生し、歯の強度が低下する可能性があります 26。
- 応力集中 (Stress Concentration): スプラインの歯元フィレット部や、スプラインの端部(特に逃げ溝の角)は、応力が集中しやすい箇所です。疲労強度を確保するためには、規格で定められた、あるいは設計的に適切な半径を持つ滑らかな歯元フィレット形状が重要です。
- 公差設定: 要求されるはめあい精度や性能に応じて、歯厚、歯形、リード、ピッチ、直径などの各部に適切な公差を設定する必要があります 17。この際、選択した製造方法で達成可能な精度レベルを考慮しなければなりません。過剰に厳しい公差は、コストを不必要に増大させます 9。
- 面取り (Chamfering): 軸スプラインの端部に面取りを施すことは、相手の雌スプラインとの組み付けを容易にするために不可欠です。転造加工では、この面取りを同時に成形することも可能です 。
設計段階においては、単に形状や寸法を決めるだけでなく、どの製造方法を用いるかを考慮に入れる必要があります。要求される精度 、コスト 、使用材料 、そして形状的な制約(例えば、段差部との距離が工具干渉 [刃物干渉] を引き起こさないか)などが、製造方法の選択に影響を与えます。逆に、選択した製造方法が持つ固有の制約(例えば、ホブ切りには工具の逃げ場が必要、転造では加工硬化が起こる)が、設計そのものにフィードバックされることもあります。このように、設計と製造は密接に関連しており、最適なスプラインを実現するためには、両者を一体として検討するプロセスが重要になります。
VI. メス(穴)スプラインの成形方法と設計上の注意点
雌スプライン(穴スプライン)の加工は、一般に雄スプラインよりも難易度が高く、特有の課題や制約があります。
A. 主な成形方法
- ブローチ加工 (Broaching):
- 大量生産において非常に効率的な加工方法です。ブローチと呼ばれる、徐々に歯形が大きくなる多数の切れ刃を持つ長い工具を、穴に一度通すことで最終的なスプライン形状を削り出します 。
- 良好な寸法精度と表面仕上げが得られます。標準的なブローチ加工では、工具が完全に通り抜けるための「通し穴 (Through-hole)」が必要です 。工具費は高価ですが、大量生産においては一個あたりの加工コストは低くなります 。
- 歯車形削り (Gear Shaping):
- シェーピングカッタを用いて内歯車を加工するのと同様の方法で、雌スプラインを加工できます。ブローチ加工が適用できない「止まり穴 (Blind hole)」の加工や、少量生産の場合に、より柔軟に対応できます。ただし、加工速度はブローチ加工よりも遅くなります。止まり穴の場合でも、工具の逃げスペースが必要です。
- 放電加工 (EDM – Electrical Discharge Machining):
- 焼入れ後の硬い材料や、切削加工が困難な複雑な形状の加工に用いられます。加工速度は比較的遅いです。
- 冷間鍛造 / 成形 (Cold Forging / Forming):
- ハブ部品全体の成形と同時に、内部にスプライン形状を塑性加工で成形する方法です。高強度な部品を大量に生産する場合に適しています。材料の流れを考慮した金型設計と工程管理が重要になります。
B. 設計上の注意点
- ブローチ加工時の通し穴: 最も効率的な加工法であるブローチ加工を選択する場合、部品設計上、スプライン部に通し穴を設けることが原則として必要になります。もし設計要件から止まり穴が必須となる場合は、歯車形削りや放電加工といった他の加工方法を選択するか、特殊なブローチ加工技術を検討する必要があり、コストや加工時間が増加する可能性があります。通し穴の要否は、部品全体の設計に影響を与える重要な制約条件となり得ます。
- 冷間鍛造時の逃げ要素: 特に止まり穴に雌スプラインを冷間鍛造で成形する場合、材料が流れるための空間が必要になります。スプライン部の底に「逃げ (Relief feature)」となる溝や凹部を設けることで、材料の充満を助け、成形不良や金型への過大な圧力を防ぎます。この逃げ形状の設計は、鍛造を成功させるために極めて重要です。
- 精度と表面粗さ: 雌スプラインは、工具のアクセスや測定が雄スプラインよりも難しいため、高い精度や良好な表面粗さを得ることが一般に困難です。ブローチ加工は比較的安定した精度が得られますが、最高の精度が要求される場合は、内面研削などの特殊な仕上げ加工が必要になることもあります。鍛造による精度は、金型精度と工程管理に大きく依存します。全体として、雌スプラインの加工はコストがかかる傾向があります。
- 材料: 雄スプラインと同様の材料特性が求められますが、特に内面を加工する方法(ブローチ、形削り)における被削性(Machinability)や、鍛造における成形性(Formability)が重要になります。ブローチ加工の場合は、材料の「ブローチ削性 (Broachability)」も考慮されます。
- 小径の公差(ブローチ案内): ブローチ加工を行う際、加工前の下穴(最終的にスプラインの小径となる部分)の寸法精度が重要になる場合があります。これは、ブローチ工具の先端にある案内部(パイロット)を正確にガイドし、加工されるスプラインの中心位置精度を確保するためです。
雌スプラインの製造は、その内部形状という特性から、雄スプラインとは異なる課題を伴います。特に、通し穴か止まり穴かという基本的な形状が、ブローチ加工のような主要な量産加工法の適用可否、ひいてはコスト効率を大きく左右します。また、冷間鍛造のような塑性加工法を用いる場合には、材料流動を制御するための逃げ形状の設計が不可欠となります。したがって、雌スプラインを持つ部品(ハブなど)の設計においては、初期段階から意図する製造プロセスを十分に考慮し、そのプロセスが要求する形状的・寸法的な制約を設計に織り込むことが、性能と経済性を両立させる上で不可欠です。
VII. まとめ:インボリュートスプラインの重要性
インボリュートスプラインは、そのインボリュート曲線に基づく歯形形状により、高トルク容量、高精度な回転伝達、滑らかな動作、そして比較的良好な生産性といった数々の優れた特徴を兼ね備えています。これらの利点により、自動車、航空宇宙、工作機械から身近な家電製品に至るまで、極めて広範な産業分野において、軸とハブを確実に結合し、動力を伝達するための重要な機械要素として活躍しています。
本稿で解説したように、インボリュートスプラインを効果的に活用するためには、単に形状を定義するだけでなく、歯車との機能的な違い、はめあい方式(大径合わせと歯面合わせ)の選択がもたらす性能への影響、適用する規格(JIS, ISO等)の差異、そして設計要求(精度、強度、コスト)と製造方法(切削、転造、研削、ブローチ、鍛造など)との間の密接な関係性を深く理解することが不可欠です。特に、工具干渉や材料流動といった製造上の制約を設計段階から考慮に入れることが、トラブルを未然に防ぎ、最適な性能とコスト効率を実現する鍵となります。
機械システム全体の高性能化、高効率化、小型軽量化が進む現代において、信頼性の高い動力伝達を実現するインボリュートスプラインの重要性は、今後ますます高まっていくと考えられます 。その設計と製造に関わる技術者は、本稿で述べたような基礎知識と応用上の注意点を踏まえ、常に最適なソリューションを追求していくことが求められます。