アルミ鋳造法の比較:重力鋳造・LP鋳造・ダイカストの特性と選び方
アルミニウムは、その軽量性、優れた耐食性、リサイクル性の高さ、そして良好な強度対重量比といった数々の利点から、現代の製品開発において不可欠な素材となっています 。これらの特性は、特に燃費効率や性能向上が求められる自動車産業をはじめ、軽量化が重要な航空宇宙分野、さらには家電製品、医療機器、防衛産業など、非常に幅広い分野での利用を促進しています。鋳造は、このようなアルミニウムの優れた特性を活かし、複雑な形状の部品を効率的に製造するための主要な加工方法の一つです。
アルミニウム部品を製造する際には、様々な鋳造法が存在しますが、本記事では特に代表的な3つの工法、すなわち「重力鋳造(GDC)」「低圧鋳造(LPDC)」「ダイカスト(高圧ダイカスト、HPDC)」に焦点を当て、それぞれの特徴を徹底比較します。最適な鋳造法を選択することは、製品の品質、コスト、生産リードタイム、さらには製品の市場競争力にまで大きな影響を与えるため、各工法の詳細な理解は極めて重要です。
この記事を通じて、読者の皆様が各鋳造法の基本原理、長所と短所、大量生産および小ロット生産への適性、そして最も重要な内部品質について深く理解できるようになることを目指します。具体的な比較データや事例を交えながら、それぞれの製造ニーズに最適なアルミニウム鋳造法を選定するための説明をしていきます。。
1. アルミ鋳造法の徹底比較:重力鋳造・LP鋳造・ダイカスト
1.1. 各鋳造法の概要と基本原理
アルミニウム鋳造の世界では、製品の要件に応じて様々な技術が用いられますが、ここでは金型を使用する代表的な3つの方法、重力鋳造、LP鋳造、ダイカストについて、その基本的な仕組みを見ていきましょう。これらの工法は、溶融したアルミニウム(以下、溶湯)を金型に充填する方法において根本的な違いがあり、その違いが各工法の特性、品質、コスト、そして適した用途を大きく左右します。
1.1.1. 重力鋳造 (Gravity Casting / GDC – Gravity Die Casting)
重力鋳造は、その名の通り、溶湯を金型(主に鉄鋼や鋳鉄などの金属製で繰り返し使用可能なもの)に、重力のみを利用して注ぎ込み製品を成形する、古くから用いられている鋳造法です。この方法は永久鋳型鋳造(Permanent Mold Casting)とも呼ばれます。具体的には、溶湯は金型の上部から供給され、金型キャビティの底部から徐々に満たされていきます。金型の開閉操作は、手動による比較的シンプルなものから、油圧シリンダーなどを用いた自動化された装置まで幅広く存在します。
この工法の最も際立った特徴は、溶湯を金型に充填する際に外部から一切の圧力を加えない点です。この「無加圧」という点が、後述するダイカストなどの加圧鋳造法との大きな違いを生み出す要因となります。
1.1.2. LP鋳造 (Low-Pressure Casting / LPDC – Low-Pressure Die Casting)
LP鋳造(低圧鋳造)は、金型の下に設置された密閉構造の保持炉内の溶湯表面に、比較的低い圧力のガス(通常は空気または窒素などの不活性ガスで、0.01~0.1 MPa程度 20、あるいは2~15 psi)を作用させます。このガス圧により、溶湯はストーク(Stalk)またはライザーチューブと呼ばれる給湯管を通じて、金型キャビティ内へ下から静かに押し上げられ、充填されま。溶湯が製品部全体に行き渡り、凝固が完了するまで圧力を保持するのが一般的です。
LP鋳造の主要な特徴は、この低圧かつ低速で制御された、穏やかな溶湯の充填プロセスにあります。これにより、溶湯の乱流が抑えられ、空気やガスの巻き込みが少ない、高品質な鋳物が期待できます。
1.1.3. ダイカスト (Die Casting / HPDC – High-Pressure Die Casting)
ダイカスト(一般的には高圧ダイカストを指します)は、溶湯を高圧(例えば最大350 MPaや1500~25,400 psi以上)かつ高速で、精密に作られた鋼製の金型(ダイ)キャビティに射出・充填して製品を成形する鋳造法で。
アルミニウム合金のダイカストでは、その融点が比較的高いことや金型材料との反応性を考慮し、主にコールドチャンバー方式が採用されます。この方式では、溶解炉とは別に、ショット(1回の鋳造)ごとに必要な量の溶湯を射出スリーブ(コールドチャンバーとも呼ばれる)に供給し、プランジャー(ピストン)によって高速・高圧で金型内に圧入します。これは、亜鉛合金のような低融点合金に用いられるホットチャンバー方式(射出機構が溶湯に浸漬されている)とは区別されます。
ダイカストの最も顕著な特徴は、この極めて高い圧力と速度による充填であり、これにより非常に短いサイクルタイムでの大量生産が可能となりま。
これら3つの鋳造法における溶湯の充填方式の違い、すなわち重力、低圧、高圧という基本的な原理の差が、それぞれの製法が持つ特性、利点、欠点、そして最終製品の品質やコストに至るまで、あらゆる側面に深く関わっています。
重力のみに頼る重力鋳造は、溶湯の流れが穏やかであるため、金型内の空気が自然に排出されやすく、結果としてガス欠陥の少ない鋳物が得られやすい傾向にあります。しかし、充填力が弱いために薄肉部への充填や複雑な形状の細部への湯回りには限界が生じることがあります。また、金型にかかる負荷が比較的小さいため、金型構造は比較的単純で済み、金型コストも抑えられます。
一方、LP鋳造では、低い圧力を制御しながら静かに充填することで、重力鋳造と同様にガス巻き込みを抑制しつつ、重力だけでは難しい上方への充填や、やや複雑な形状への湯回りを改善します。この「穏やかな加圧」という点が、良好な内部品質と高い材料歩留まりを両立させる上で重要な役割を果たします。
対照的に、ダイカスト(高圧ダイカスト)では非常に高い圧力と速度で強制的に溶湯を充填するため、薄肉部や複雑な形状であっても隅々まで溶湯を行き渡らせることが可能です。これが高い寸法精度と美しい鋳肌、そして高速な生産サイクルを実現する大きな要因となります。しかしながら、この強引とも言える充填方法は、金型内のガスを巻き込みやすく、内部品質(特にガス関連の欠陥)の点では課題を抱えやすいという側面も持ち合わせています。さらに、この高圧に耐えるためには非常に堅牢な金型と大型の専用設備が必要となり、初期投資コストを押し上げる要因となります。
また、これら3つの方法はすべて「永久金型」つまり金属製の金型を使用する点で共通しており、砂型のような「消耗型」の鋳型を用いる砂型鋳造とは区別されます。金属製の金型は、砂型に比べて滑らかな表面を持ち、繰り返し使用しても形状変化が少ないため、一般的に砂型鋳造よりも良好な表面仕上げと高い寸法精度を持つ製品を製造できます。ただし、その反面、金属金型の製作には高いコストと長い時間が必要となるのが一般的です。

高圧で射出する高圧ダイカストは砂型で作るのは難しいけど、重力鋳造やLP鋳造は砂型で簡易的に作ることが可能です。
試作品ではダイカスト部品の代替に使ったりします。
1.2. 特徴・メリット・デメリット比較
各鋳造法の基本的な違いを理解した上で、ここではそれぞれの特徴、メリット、デメリットをより具体的に比較検討します。製品設計や生産計画において最適な工法を選定するためには、これらの詳細な比較が不可欠です。
以下の表1に、各アルミ鋳造法の概要と主なメリット・デメリットをまとめました。
表1: 各アルミ鋳造法の概要と比較
項目 | 重力鋳造 (GDC) | LP鋳造 (LPDC) | ダイカスト (HPDC) |
基本原理 | 重力による溶湯充填 | 低圧ガスによる溶湯の押し上げ充填 | 高圧・高速による溶湯射出充填 |
使用圧力 | なし (大気圧) | 低圧 (例: 0.01~0.1 MPa) | 高圧 (例: 数十~350 MPa) |
金型の種類 | 金属製永久金型 | 金属製永久金型 | 精密鋼製永久金型 (ダイ) |
溶湯充填速度 | 遅い | 低速~中速 | 非常に速い |
砂中子の使用 | 可能 | 可能 | 不可 |
主なメリット | 複雑形状対応 (砂中子使用可)、良好な内部品質・気密性、比較的低い設備コスト、熱処理容易、良好な機械的強度 | 良好な内部品質・高気密性、高い歩留まり、複雑形状・中空部品対応 (砂中子使用可)、薄肉製品への適性、良好な寸法精度、熱処理可能 | 極めて高い生産性、優れた寸法精度と鋳肌、薄肉複雑形状の鋳造、低い製品単価(大量生産時) |
主なデメリット | 生産性低い、サイクルタイム長い、薄肉製品に不向き、寸法精度・鋳肌はダイカストに劣る、歩留まり低い場合あり | サイクルタイム長い、設備コスト (重力より高)、塗型剤管理重要、保持炉の溶湯酸化リスク、湯口近傍の機械的性質低下の可能性 | 非常に高い金型・設備コスト、内部欠陥(ガス巻き込み・鋳巣)リスク、熱処理困難(通常)、砂中子使用不可、小ロット生産に不向き |
1.2.1. 重力鋳造 (Gravity Casting)
メリット (Merits):
- 複雑な形状の実現 (Complex Shapes): 重力鋳造の大きな利点の一つは、砂中子(シェルモールド中子など)を使用できることです。これにより、ダイカストでは困難な中空構造やアンダーカットを持つ複雑な内部形状の鋳物を製造することが可能です。この設計自由度の高さが一番の特徴です。
- 比較的低い設備コスト (Relatively Low Equipment Cost): ダイカスト法と比較して、重力鋳造の設備は構造が単純であり、導入にかかる初期投資が低いというメリットがあります。金型もダイカスト用のものほど高圧に耐える必要がないため、比較的安価に製作できます。
- 熱処理が容易 (Ease of Heat Treatment): 内部欠陥が少ないという特性から、鋳造後に強度や硬度を向上させるための熱処理(例えばT6処理)を施すのに適しています。
- 高い機械的強度 (Good Mechanical Strength): 適切な鋳造方案と熱処理を組み合わせることで、ダイカスト製品と比較して高い機械的強度が得られる場合があります。
デメリット (Demerits):
- 生産性・サイクルタイム (Lower Productivity/Longer Cycle Time): 溶湯の注入と冷却に時間を要するため、ダイカスト法と比較して生産性が低く、1個あたりの鋳造サイクルタイムが長くなる傾向があります。このため、大規模な大量生産にはあまり向きません。
- 薄肉製品への不向き (Less Suitable for Thin-walled Products): 外部からの圧力をかけずに重力のみで溶湯を充填するため、溶湯の流れ(湯流れ)が十分に行き渡らず、薄肉の製品や複雑な形状の隅々まで溶湯を完全に充填することが難しいです。一般的に、ダイカストで実現できるような極薄肉の製品製造には限界があります。
- 寸法精度・鋳肌 (Lower Dimensional Accuracy & Rougher Surface Finish than Die Casting): ダイカスト法と比較すると、寸法精度は一般的に劣り、鋳肌(鋳物の表面状態)も粗くなる傾向があります 。
- 歩留まりが低い (Lower Yield): 重力鋳造では、アルミには自重しか加わりません。ですので、ほかの工法に比べて内部鋳巣の塊が大きくなりがちです。これを対策するために、製品の倍以上の容積を金型上に確保しておき、製品の倍以上のアルミを入れて重力で重しを加える手法がとられることがあります。(押湯と言います)この手法を取り入れると、製品に対して使用するアルミの量が多くなります。
1.2.2. LP鋳造 (Low-Pressure Casting)
メリット (Merits):
- 良好な内部品質・高気密性 (Good Internal Quality & High Pressure Tightness): LP鋳造の最大の特長の一つは、極めて高品質な鋳物が得られる点です。溶湯を金型の下から静かに低速で注入するため、空気やガスの巻き込みが大幅に抑制されます。これにより、ピンホールやブローホールといった鋳造欠陥の発生が少なく、緻密で気密性の高い、優れた強度を持つ製品を安定して製造できます。この特性は、特に耐圧性が要求される自動車部品(シリンダーヘッドやアルミホイールなど)の製造に適しています。内部品質は、一般的にダイカストよりもすぐれます。
- 高い歩留まり (High Yield): 溶湯を製品部の下から押し上げて充填し、凝固が湯口部まで進行するまで加圧を保持するため、押湯が不要であるか、あるいは非常に小さく設計できます。これにより、材料のロスが少なく、鋳造歩留まりが高くなるのが大きな利点です 。
- 複雑形状・中空部品への対応 (Suitable for Complex and Hollow Parts): 重力鋳造と同様に、砂中子(シェル中子など)を使用できるため、アンダーカットや複雑な内部流路を持つ中空部品の製造が可能です
- 薄肉製品への適性 (Suitability for Thin-walled Products): 圧力を利用して溶湯を充填するため、重力鋳造よりも薄肉の製品に対応しやすいとされています 。
- 寸法精度 (Good Dimensional Accuracy): 砂型鋳造や重力鋳造と比較して、より高い寸法精度が期待できます 。
- 熱処理が可能 (Heat Treatment Capable): 内部品質が良好であるため、T6処理などの熱処理による機械的性質の向上が効果的に行えます 。
デメリット (Demerits):
- サイクルタイムが長い (Long Cycle Time): 溶湯を低速で静かに充填し、金型温度も製品品質を確保するために比較的高く保つ必要があるため、凝固に時間がかかり、結果として1ショットあたりの生産サイクルタイムが長くなる傾向があります。
- 設備コスト (Equipment Cost): 重力鋳造と比較すると、密閉された保持炉や加圧装置などが必要となるため、設備コストは高くなります ただし、ダイカスト法で必要とされる高圧射出装置や堅牢な金型と比較すれば、設備投資は一般的に抑えられます。
- 塗型剤の管理が重要 (Mold Coating Management is Critical): 溶融アルミニウムと金型との反応(焼き付きなど)を防ぎ、鋳物の離型性を良くするために、金型表面に塗型剤を塗布する必要があります。この塗型剤の選定や塗布方法、膜厚管理などが製品の表面品質や寿命に大きく影響するため、高度なノウハウが求められます。
- 保持炉の溶湯酸化リスク (Oxidation Risk in Holding Furnace): ストークを通じて溶湯を供給し、凝固後にストーク内の未凝固湯を保持炉に戻す際、溶湯が撹拌されることがあります。この撹拌により、溶湯表面の酸化物が巻き込まれたり、新たな酸化物が発生したりするリスクがあり、鋳物品質に影響を与える可能性があります。
- 湯口近傍の機械的性質 (Mechanical Properties Near Gate): LP鋳造では湯口(ストーク接続部)が最後に凝固するような方案が取られることが多く、この部分の組織が他の部分と比較して粗大化しやすくなることがあります。その結果、湯口近傍の機械的性質(特に延性や疲労強度など)が部分的に低下する可能性があります。これを防ぐために、湯口に工夫を持たせるのが、鋳造メーカー独自のノウハウです。
1.2.3. ダイカスト (Die Casting)
メリット (Merits):
- 極めて高い生産性 (Extremely High Productivity): ダイカストの最大の利点は、その圧倒的な生産性の高さです。高圧・高速で溶湯を金型に射出し、短時間で凝固させるため、鋳造サイクルが非常に短く、1分間に数ショットといった高速生産も可能です。これにより、他の鋳造法では追随できないレベルでの大量生産に対応できます。
- 優れた寸法精度と鋳肌 (Excellent Dimensional Accuracy & Surface Finish): 高圧で溶湯を金型の隅々まで行き渡らせ、金型表面を忠実に転写するため、他の鋳造法では得られないほど高い寸法精度と、滑らかで美しい鋳肌(表面状態)が得られます 。これにより、後工程での機械加工を大幅に削減、あるいは不要にできる場合があり、トータルコストの低減に貢献します。
- 薄肉複雑形状の鋳造 (Casting of Thin-walled Complex Shapes): 高い圧力によって溶湯の流動性が向上するため、非常に薄い肉厚の製品や、リブやボスなどの細かいディテールを持つ複雑な形状の製品も一体で製造することが可能です。
- 低い製品単価(大量生産時)(Low Unit Cost in Mass Production): 高い生産性と高度な自動化により、一度金型を製作してしまえば、大量生産を行う場合の製品1個あたりのコストを非常に低く抑えることができます。
デメリット (Demerits):
- 非常に高い金型・設備コスト (Very High Mold & Equipment Cost): ダイカスト法で用いる金型(ダイ)は、高圧・高速の射出に耐え、長期間の繰り返し使用が可能なように、特殊な工具鋼を用いて非常に精密に製作されるため、その費用は他の鋳造法の金型と比較して格段に高額になります。また、高圧を発生させる大型のダイカストマシンなどの設備投資も大きくなります。
- 内部欠陥(ガス巻き込み・鋳巣)のリスク (Risk of Internal Defects – Gas Entrapment, Porosity): 溶湯を高速・高圧で金型キャビティに充填する際、金型内の空気や離型剤から発生するガスを巻き込みやすく、製品内部に鋳巣(ガス巣、ブローホールなどと呼ばれる微小な空孔)が発生しやすいという課題があります。これらの内部欠陥は、製品の強度や気密性を低下させる原因となり、特に高い信頼性が求められる部品には不向きな場合があります。
- 熱処理が困難 (Difficult to Heat Treat): 上述の内部に巻き込まれたガスが、熱処理(特にT6処理のような溶体化処理を伴う高温での処理)の際に膨張し、製品にフクレや変形といった不具合を引き起こすため、通常のダイカスト品はT6処理などの熱処理が困難です。ただし、近年では真空ダイカスト法や無孔性ダイカスト法といった特殊な工法を用いることで、ガス巻き込みを極限まで低減し、熱処理を可能にする技術も開発されています。
- 砂中子が使用不可 (Cannot Use Sand Cores): 射出時の高圧に耐えられないため、砂中子を使用することができません。これにより、重力鋳造やLP鋳造では可能な、複雑な中空形状やアンダーカット形状の成形には制約が生じます。
- 小ロット生産に不向き (Unsuitable for Small Lot Production): 金型費用が非常に高額であるため、生産数量が少ない小ロット生産の場合、製品1個あたりの金型償却費が大きくなり、コスト的に見合わないことがほとんどです 。
重力鋳造やLP鋳造における砂中子の利用可能性 は、ダイカストと比較した場合の大きな設計上の利点です。砂中子は、鋳造後に破壊して取り除くことができるため、金型だけでは成形が難しい複雑な内部形状や中空部を持つ製品(例えば、エンジンのシリンダーヘッドや複雑な配管を持つハウジング部品など)の製造を可能にします。ダイカストでは、このような形状を実現しようとすると、非常に複雑なスライド機構を持つ金型が必要になったり、そもそも一体での成形が不可能で複数部品を組み合わせる必要が生じたりすることがあります。この砂中子の利用可否が、工法選択における重要な判断基準の一つとなります。
また、初期コストと生産量に応じた1個あたりコストの関係は、これらの鋳造法を選択する上で常に考慮すべき経済的な側面です。ダイカストは、金型や設備の初期投資が非常に大きいものの、一度生産が始まれば高い自動化率と短いサイクルタイムによって、1個あたりの変動費(材料費、労務費など)を低く抑えることができます。そのため、生産量が数十万、数百万個といった大規模な量産になればなるほど、初期投資を償却し、トータルコストを下げることが可能です。一方、重力鋳造は初期投資が比較的低いですが、サイクルタイムが長く、自動化の度合いもダイカストほど高くないため、1個あたりの変動費は高めになる傾向があります 。LP鋳造はこれらの中間的な特性を持ちます。したがって、製品の総生産予定数量によって、どの工法が最も経済的に有利になるかの分岐点(ブレークイーブンポイント)が存在します。
そして、内部品質、特に鋳巣(ポロシティ)の発生傾向は、製品の信頼性や後工程(例えば熱処理)の可否に直結する重要な要素です。重力鋳造やLP鋳造のように、溶湯が比較的穏やかに、かつ低速で充填されるプロセスでは、金型内のガスが抜けやすく、また溶湯自体のガス巻き込みも少ないため、健全な内部品質の鋳物が得られやすいとされています。これに対し、ダイカストでは高速・高圧で溶湯を射出するため、乱流が生じやすく、金型内の空気や離型剤から発生するガスを巻き込みやすいという構造的な課題があります。この巻き込まれたガスが鋳巣となり、製品の強度低下や気密不良、さらには熱処理時のフクレの原因となるのです。
1.3. 生産性とロット適性
鋳造方法を選択する上で、生産性とロットサイズへの適合性はコストと納期に直結する重要な要素です。ここでは、各工法がどのような生産規模に適しているのかを詳しく見ていきます。
1.3.1. 大量生産への適合性 (Suitability for Mass Production)
- ダイカスト (Die Casting): 3つの工法の中で、ダイカストが最も大量生産に適しています。その理由は、極めて短い鋳造サイクル(1分間に数ショット以上も可能)と高度な自動化にあります。自動車部品や家電製品など、数万個から数百万個単位での生産が必要な場合に、その能力を最大限に発揮します。
- LP鋳造 (LP Casting): 重力鋳造よりは生産性が高いものの、ダイカストの生産スピードには及びません。サイクルタイムが比較的長いため、ダイカストほどの超大量生産には向きませんが、中ロットから比較的大量のロット(数千~数万個程度)に対応可能です 。品質要求が高い製品の量産に適しています。
- 重力鋳造 (Gravity Casting): 生産性はダイカストやLP鋳造に比べて低くなります。手作業の割合が多い場合や、冷却に時間を要するため、サイクルタイムが長くなりがちです。中ロット程度(数百~数千個程度)までの生産が一般的ですが、金型の設計や自動化の度合いによっては、それ以上の生産に対応できる場合もあります。
1.3.2. 小ロット生産への適合性 (Suitability for Small-Lot Production)
- 重力鋳造 (Gravity Casting): 比較的低い設備コストと、ダイカストほど高価ではない金型費用のため、小ロット生産(数十~数百個程度)に適しています。特に、試作品や少量多品種の生産において有利です。
- LP鋳造 (LP Casting): 複雑な形状や高い内部品質が求められる製品であれば、小~中ロット(数十~数百個程度)でも採用されることがあります。ただし、サイクルタイムの長さが製品単価に影響を与えるため、コストとのバランスを考慮する必要があります。
- ダイカスト (Die Casting): 金型費用が非常に高額であるため、小ロット生産(数百個以下)には基本的に不向きです。金型の償却が困難となり、製品単価が著しく高くなってしまいます。
1.4. 内部品質と機械的特性
鋳造品の価値を左右する重要な要素が、内部品質とそれに伴う機械的特性です。ここでは、各工法で発生しやすい鋳造欠陥の種類と傾向、そして得られる機械的特性について比較します。
1.4.1. 一般的な鋳造欠陥の種類と発生傾向
アルミニウム合金は、一般的に液体から固体へ凝固する際に体積が収縮する性質(凝固収縮)が比較的大きいため、ひけ巣(shrinkage porosity)と呼ばれる微小な空洞が発生しやすい材料です 。鋳巣(「いす」または「ちゅうす」と読み、鋳物内部にできる空洞の総称)は、製品の強度や耐久性、気密性などに悪影響を及ぼすため、その発生を抑制することが重要です 。
- 重力鋳造 (Gravity Casting):
- 傾向: 溶湯を静かに金型へ流し込むため、空気やガスの巻き込みが少なく、鋳巣(特にガス圧に起因するガス巣やブローホール)ができにくいとされています。このため、気密性の高い鋳物が得られやすいです。しかし、溶湯の流れがスムーズでない場合や、異なる経路で流れ込んだ溶湯が合流する部分では、湯境(cold shuts/laps)と呼ばれる欠陥が発生する可能性があります。
- 対策: 適切な湯流れ方案の設計、金型温度の精密な管理、溶湯処理(脱ガスなど)が重要です。
- LP鋳造 (LP Casting):
- 傾向: 低速かつ層流に近い状態で溶湯を金型キャビティに充填するため、空気やガスの巻き込みが極めて少なく、ピンホールやブローホールといったガス欠陥の発生を効果的に抑制できます。これにより、非常に気密性が高く、健全な鋳物が期待できます。また、金型の湯口から遠い部分から順次凝固を進行させ、最後に湯口部が凝固するまで加圧を保持することで、凝固収縮によるひけ巣も補償しやすい構造になっています 。
- 対策: 溶湯の清浄度管理(酸化物除去など)、適切な加圧パターンと保持時間の設定が鍵となります。
- ダイカスト (Die Casting):
- 傾向: 高速・高圧で溶湯を金型内に射出するため、金型キャビティ内の空気や、離型剤の燃焼によって発生するガスを巻き込みやすく、鋳物内部にガス巣やブローホールといった鋳巣が他の工法に比べて発生しやすい傾向があります 。これらの内部欠陥は、製品の強度を低下させたり、熱処理を困難にしたりする主な原因となります。その他、湯じわ、バリなども発生しやすい欠陥です 。
- 対策: 金型設計の最適化(適切なガスベントやオーバーフローの設置)、射出条件(速度、圧力、温度)の精密な制御、そして近年では真空ダイカスト法 や無孔性ダイカスト法(PF法など) のように、金型キャビティ内を減圧したり、活性ガスで置換したりすることでガス巻き込みを大幅に低減する特殊な工法も採用されています。

鋳造欠陥に悩まされるダイカストは、『一昔前は一瞬の芸術』とまで言われていました。それほど、ノウハウの塊だったのです。
近年は、鋳造時のデータどり、FEM解析へのフィードバック等で安定的に品質の高いダイカスト製品が作られるようになってきています。
1.4.2. 得られる機械的特性の傾向
鋳造品の機械的特性(引張強さ、伸び、硬さなど)は、合金組成だけでなく、鋳造方法に起因する内部品質(鋳巣の量や大きさ)や凝固時の冷却速度に大きく影響されます。
- 重力鋳造 (Gravity Casting): 内部欠陥が比較的少ないため、良好な機械的特性(強度、伸びなど)が得られやすいです。鋳造時の凝固は、金型と接する表面側が急冷されて緻密な結晶組織となり、ゆっくりと冷却される内部はやや粗大な結晶組織となる傾向があります 。適切な熱処理(T6処理など)を施すことで、機械的特性をさらに向上させることが可能です。
- LP鋳造 (LP Casting): 穏やかな充填と指向性凝固により、緻密で均一な組織が得られやすく、高い機械的強度と良好な伸びが期待できます。熱処理による特性向上も効果的です。
- ダイカスト (Die Casting): 鋳物の表面層(チル層)は、金型との接触によって急速に冷却されるため、非常に微細で硬い結晶組織となります。これにより、表面硬度や耐摩耗性は高くなる傾向があります。しかし、内部はガス巣などの影響を受けやすく、機械的特性が表面層に比べて劣る場合があります。特に、引張強さや伸びといった延性が求められる特性は、他の健全な鋳造法で得られるものよりも低くなることがあります。ただし、前述の真空ダイカスト法などの特殊な工法を用いれば、内部品質が大幅に改善されます。このようにダイカストは内部品質を作りこむことが難しく、製品によって鋳巣の密度や分布が大きく異なります。ダイカストの機械的特性は内部の鋳造欠陥の状況により大きく影響されるので注意が必要です。
鋳造品の冷却速度は、結晶粒の大きさや分布といったミクロ組織を決定し、それが機械的特性に直接影響を与える非常に重要な因子です。ダイカストは、金属製の金型と高い熱伝導率により、一般的に最も速い冷却速度を示します。これにより、特に表面層には微細な結晶粒から成る硬いチル層が形成されます。重力鋳造やLP鋳造も金属製の金型を使用しますが、充填速度が遅く、製品の肉厚も厚めになる傾向があるため、冷却速度はダイカストよりも緩やかになることが多いです 。砂型鋳造は、鋳型の断熱性が高いため、最も遅い冷却速度となります 。一般的に、冷却速度が速いほど結晶粒は微細化し、強度や硬度は向上する傾向にありますが、ダイカストの場合はこの効果が内部のガス欠陥によって相殺されてしまうことがあるのです。重力鋳造やLP鋳造における比較的ゆっくりとした制御された冷却は、より健全な鋳物を生み出し、特に熱処理を施すことで優れた機械的特性を引き出すことを可能にします。
また、熱処理の可否は、鋳物の内部健全性と密接に関連しています。従来のダイカストのように内部に多くのガスを含みやすい工法では、T6処理のような高温での溶体化処理を行うと、閉じ込められたガスが高温で膨張し、フクレや変形といった致命的な欠陥を引き起こすため、一般的に適用が困難です。これに対し、重力鋳造やLP鋳造で得られる健全な鋳物は、このような問題が起きにくいため、熱処理による大幅な機械的特性の向上が期待できます。
1.5. その他の重要な比較ポイント
生産性や内部品質以外にも、鋳造方法を選定する上で考慮すべき重要な比較ポイントがいくつかあります。
1.5.1. 寸法精度と鋳肌
- ダイカスト (Die Casting): 3つの工法の中で最も高い寸法精度と、最も滑らかな鋳肌を実現できます。JIS B 0403に基づく鋳造公差等級(CT級)では、CT3~CT5といった高い等級が期待でき 、表面粗さもRa値で1.6~6.3µm程度と非常に良好です
- LP鋳造 (LP Casting): ダイカストには及ばないものの、重力鋳造や砂型鋳造と比較して良好な寸法精度(例:CT5~CT7等級)と鋳肌が得られます 。PPC法(LP鋳造の一種と見なせる)ではCT6、表面粗さ18S以内とされています。
- 重力鋳造 (Gravity Casting): ダイカストやLP鋳造よりは寸法精度、鋳肌ともに劣りますが、砂型鋳造よりは優れています(例:CT7~CT9等級。
1.5.2. 薄肉・複雑形状への対応力
- ダイカスト (Die Casting): 高圧で溶湯を充填するため、非常に薄い肉厚(小型製品なら0.5mm~1mm程度)や複雑な形状の製品を製造するのに最も適しています。ただし、前述の通り砂中子が使用できないため、アンダーカットや中空形状の成形には制約があります。
- LP鋳造 (LP Casting): 圧力を利用するため、重力鋳造よりも薄肉製品に対応可能です。。砂中子を使用できるため、複雑な内部形状も得意です 。
- 重力鋳造 (Gravity Casting): 薄肉製品の製造には限界があり、一般的に2mm~3mm以上の肉厚が推奨されます 。砂中子を使用することで複雑な形状の製造は可能です 。
1.5.3. 金型・設備コストと製作期間
- 金型コスト (Initial Mold Cost):
- ダイカスト: 最も高価です 。金型の規模や複雑度により数百万~数千万円以上になることもあります 。
- LP鋳造: ダイカストより安価で、重力鋳造より高価になる傾向があります 。
- 重力鋳造: ダイカストと比較して安価です 。
- 設備コスト (Equipment Cost):
- ダイカスト: 高圧射出装置や大型の型締め装置など、高価な専用設備が必要です 。
- LP鋳造: 密閉保持炉や加圧制御装置などが必要で、ダイカストよりは安価ですが、重力鋳造よりは高価になります 。
- 重力鋳造: 比較的シンプルな設備で済むため、安価です。
- 金型製作期間・トータルリードタイム (Mold Manufacturing & Total Lead Time):
- ダイカスト: 金型製作に最も時間を要します。一般的に3.5ヶ月以上かかるとされ、複雑なものでは数ヶ月から半年以上かかることもあります。試作から量産立ち上げまでのトータルリードタイムも長くなる傾向があります。
- LP鋳造: 金型製作期間はダイカストと重力鋳造の中間程度です。鋳造サイクルタイムが長いため、製品全体のリードタイムは生産数量や形状によります。
- 重力鋳造: 金型製作期間はダイカストより短く、一般的に2ヶ月程度からとされています 。
- 砂型鋳造 (参考): 型(木型や樹脂型)の製作期間が最も短く、1.5ヶ月程度から、あるいは数週間で対応可能な場合もあります。
1.5.4. 熱処理の可否と注意点
- ダイカスト (Die Casting): 通常のダイカスト品は、内部にガスを巻き込みやすいため、T6処理(溶体化処理+時効処理)のような高温での熱処理は困難です 。熱処理時に内部のガスが膨張し、フクレや変形といった不具合が生じるためです。応力除去や寸法安定化を目的としたT5処理(人工時効処理のみ)であれば適用可能な場合があります。ただし、真空ダイカスト法やPFダイカスト法、無孔性ダイカスト法といった特殊なダイカスト法を用いることで、ガス巻き込みを大幅に低減し、T6熱処理を可能にした製品も存在します 。
- LP鋳造 (LP Casting): 内部品質が良好でガス欠陥が少ないため、T6処理をはじめとする各種熱処理に適しており、機械的性質を大幅に向上させることが可能です 。
- 重力鋳造 (Gravity Casting): LP鋳造と同様に内部欠陥が少ないため、熱処理に適しています 。
- 熱処理時の注意点: 熱処理を行う際には、製品形状や肉厚分布によって熱変形や残留応力が発生する可能性があるため、適切な熱処理条件(温度、時間、冷却速度など)の選定と、場合によっては変形矯正工程が必要になります。また、使用するアルミニウム合金の種類によって最適な熱処理条件が異なるため、材料特性を十分に理解しておくことが重要です。
これらの比較ポイントを総合的にまとめたものが以下の表2です。
表2: 生産性・コスト・リードタイム・品質特性の比較
項目 | 重力鋳造 (GDC) | LP鋳造 (LPDC) | ダイカスト (HPDC) | (参考) 砂型鋳造 |
生産性 | ||||
大量生産への適合性 | △ (中ロットまで) | ○ (中~大ロット) | ◎ (大~超大量ロット) | × (不向き) |
小ロット生産への適合性 | ◎ (数十個~) | ○ (数十個~、高品質要求時) | × (数百個以上推奨) | ◎ (1個~) |
推奨ロット範囲 (目安) | 40~3,000個 | 数十~数万個 (製品による) | 100~20,000個以上 | 1~2,000個 |
鋳造サイクル | △ (長い) | △ (長い) | ◎ (非常に短い) | × (非常に長い) |
コスト | ||||
初期金型費 | ○ (比較的安価) | △ (中程度) | × (非常に高価) | ◎ (最も安価) |
設備投資 | ◎ (少ない) | ○ (中程度) | △ (多い) | ◎ (少ない) |
製品単価(大量時) | △ (やや高い) | ○ (中程度) | ◎ (安い) | × (非常に高い) |
製品単価(少量時) | ○ (中程度) | △ (やや高い) | × (非常に高い) | ○ (中程度、形状による) |
材料歩留まり | △ (低い傾向) | ◎ (非常に高い) | ○ (比較的高い) 25 | △ (低い傾向) |
リードタイム | ||||
金型製作期間 (目安) | ○ (2ヶ月~) | △ (ダイカストと重力の中間) | × (3.5ヶ月~) | ◎ (1.5ヶ月~) |
品質 | ||||
内部品質 (鋳巣少なさ) | ◎ (優) | ◎(優) | △ (可、ガス巻き込み易い) | △ (鋳造方案による) |
代表的な内部欠陥 | ひけ巣、湯境 | ひけ巣、(酸化物) | ガス巣、ブローホール、ひけ巣 | ひけ巣、砂かみ、ガス巣 |
機械的特性 (一般) | ○ (良好、熱処理で向上) | ○ (良好、熱処理で向上) | △~○ (表面硬いが内部注意、特殊法で向上) | ×~△ (劣る傾向) |
寸法精度 (JIS CT級目安) | ○ (CT7-9) | ○ (CT5-7) | ◎ (CT3-5) | △ (CT8-12) |
鋳肌/表面粗さ (Ra/S値目安) | ○ (10-80S / 150-300RMS) | ○ (18S以内) | ◎ (12S以内 / 32-63RMS) | △ (40-100S / 200-550RMS) |
薄肉限界 (目安) | △ (2~3mm) | ○ (1.5mm~) | ◎ (0.5mm~) | × (3mm~) |
複雑形状対応 (中子) | ◎ (砂中子使用可) | ◎ (砂中子使用可) | △ (砂中子不可、金型スライドで対応) | ◎ (自由度高い) |
熱処理可否 (T6) | ◎ (適) | ◎ (適) | × (通常困難、特殊法で可) | ○ (可能だが材質による) |
この表からもわかるように、各鋳造法は一長一短であり、製品に求められる要件や生産条件によって最適な選択肢が異なります。例えば、金型費用は、製品単価だけでなく、総生産個数で割った償却費として考慮する必要があり、これが「トータルコスト」の視点からは重要になります。金型費が安い砂型鋳造でも、多数個生産すれば1個あたりの仕上げ加工費や不良率によっては、金型費が高いダイカストよりも総コストが高くなる場合もあります。
また、最初の機能試作品を得るまでのリードタイムも重要な要素です。砂型鋳造は型の製作期間が短いですが、金属製の金型を用いる重力鋳造、LP鋳造、ダイカストでは、金型設計と製作に時間を要し、特に複雑なダイカスト金型では初期の鋳造条件の調整(デバッグ)にも時間がかかることがあります。
さらに、選択するアルミニウム合金の種類も鋳造方法と密接に関連します。例えば、ダイカストでは高い流動性を持つ合金(ADC12やA380など)が好まれますが、これらの合金が必ずしも全ての要求特性(例えば高い延性や特定の耐食性)を満たすとは限りません。鋳造方法の特性と合金の特性を総合的に勘案する必要があります。
2. 最適なアルミ鋳造方法を選ぶためのポイント
これまで各アルミ鋳造法の特徴を比較してきましたが、実際にどの工法を選ぶべきか判断するには、製品の要求事項、生産量、コスト、納期といった様々な要素を総合的に検討する必要があります。
まず、製品の要求事項を明確化することが最も重要です。
具体的には、
- 形状の複雑さ: 製品に中空部やアンダーカットといった複雑な内部構造が必要か? もし必要であれば、砂中子の使用が前提となるため、重力鋳造やLP鋳造が有力な候補となります 。
- 寸法精度と表面仕上げ: どの程度の寸法精度が求められるか、鋳放しの表面状態で良いのか、あるいは後加工で仕上げるのか。非常に高い寸法精度や滑らかな鋳肌が要求される場合はダイカストが有利です 。
- 機械的強度・耐圧性・耐熱性: 部品がどのような負荷や環境で使用されるのか。高い強度や耐圧性、耐熱性が求められる場合、内部欠陥の少ない重力鋳造やLP鋳造が適しており、熱処理の適用も視野に入れます 。
- 軽量化の度合い・肉厚: どこまで薄肉化が必要か。極薄肉が求められる場合はダイカストが優位ですが 、ある程度の強度を保ちつつ薄肉化したい場合はLP鋳造も選択肢に入ります。
次に、生産量と製品のライフサイクルを考慮します。
試作段階なのか、初期の小ロット生産なのか、あるいは安定した大量生産段階なのか。製品のモデルチェンジの頻度や総生産予定数量によって、許容できる初期投資(金型費)や最適な1個あたりコストが変わってきます。
そして、コストとリードタイムの制約も重要な判断基準です。
初期投資として許容できる金型費や設備費の上限はどれくらいか。製品単価の目標値はあるか。製品を市場に投入するまでの納期はどの程度か。これらの制約条件と各工法の特性を照らし合わせる必要があります 。
これらの要素は、しばしばトレードオフの関係にあります。例えば、非常に薄い肉厚の製品を高い寸法精度で大量生産したい場合、ダイカストが最も適しているように見えます。しかし、その製品が同時に高い内部品質と熱処理性を要求する場合、通常のダイカストでは対応が難しく、LP鋳造や特殊なダイカスト法(真空ダイカストなど)を検討する必要が出てきます。この場合、生産性やコストのバランスを再評価することになります。このように、鋳造方法の選択は単純な線形のプロセスではなく、複数の要求事項を考慮した上で、最適なバランス点を見つけ出す作業と言えます。
特に、最終的にダイカストでの大量生産を計画している場合でも、初期の試作段階では異なるアプローチが取られることが一般的です。ダイカスト金型は高価で製作に時間もかかるため、設計検証や機能確認のための試作品は、砂型鋳造、重力鋳造、あるいはアルミニウムブロックからの削り出し(CNC加工)といった、より低コストかつ短納期で対応可能な方法で製作されることが多いです。これにより、高額なダイカスト金型への投資リスクを低減し、設計変更にも柔軟に対応できます。
3. まとめ
アルミニウム鋳造における重力鋳造、LP鋳造、ダイカストは、それぞれに独自の強みと最適な用途領域を持っています。
- 重力鋳造 (GDC): 比較的低い初期投資で始められ、砂中子を用いることで複雑な内部形状を持つ製品の製造に対応できます。溶湯が穏やかに充填されるため内部品質に優れ、気密性や耐圧性が要求される部品、熱処理を施して機械的特性を高めたい部品に適しています。小~中ロット生産や試作に向いていますが、生産サイクルが長く、薄肉製品には限界があります。
- LP鋳造 (LPDC): 重力鋳造の品質の高さと、ダイカストの生産性・薄肉対応力の中間的な特性を持ちます。低速・低圧で溶湯を充填するため、ガス巻き込みが少なく極めて高い内部品質と気密性を実現し、高い材料歩留まりも魅力です。砂中子も使用可能で複雑形状に対応し、重力鋳造よりは薄肉製品にも適しています。中ロット生産で高品質な製品を求める場合に有力な選択肢となりますが、サイクルタイムは比較的長めです。
- ダイカスト (HPDC): 圧倒的な生産性と極めて高い寸法精度、滑らかな鋳肌、そして薄肉複雑形状への対応力が最大の強みです。数十万個以上の大量生産においては、他の追随を許さないコストパフォーマンスを発揮します。しかし、金型・設備コストが非常に高く、小ロット生産には不向きです。また、高速・高圧充填に起因する内部ガス欠陥のリスクがあり、通常のダイカスト品はT6熱処理が困難という制約もあります(特殊工法を除く)。
最終的にどの鋳造方法を選択するかは、単一の要素だけで決まるものではありません。製品の設計要件(形状、精度、強度、肉厚など)、生産計画(ロットサイズ、ライフサイクル)、コスト(初期投資、製品単価)、そして納期といった、製品のライフサイクル全体を俯瞰した総合的な判断が不可欠です。
多くの場合、これらの要素は複雑に絡み合っており、最適な解を見つけ出すのは容易ではありません。そのため、具体的な製品図面や要求仕様をもとに、経験豊富な鋳造メーカーや専門家と緊密に連携し、それぞれの工法のメリット・デメリットを十分に比較検討した上で、最適な鋳造方法を選定することを強く推奨します。適切な工法選択が、高品質かつコスト効率の高い製品開発の成功へと繋がります。