アルミダイキャストの品質を左右する「鋳巣」:種類と発生メカニズムの徹底解説
I. 序論:ダイキャスト製品の隠れたる敵、「鋳巣」とは
アルミニウムダイキャストは、自動車産業から航空宇宙、家電製品に至るまで、現代の製造業に不可欠な基幹技術です。その高い生産性と複雑形状の成形能力は、多くの製品の軽量化と高性能化を支えています。しかし、この優れた製造プロセスの裏には、常に品質を脅かす根源的な課題が存在します。その代表格が「鋳巣(ちゅうす)」と呼ばれる内部欠陥です 。
鋳巣とは、鋳造プロセス中に製品の内部に形成される微小な空洞や気孔の総称です。これは単なる外観上の問題に留まりません。鋳巣の存在は、製品の信頼性を根底から揺るがす深刻な影響を及ぼします。まず、構造体としての機械的強度を著しく低下させます。応力が加わった際、鋳巣の周囲に応力が集中し、本来の設計強度をはるかに下回る力で破損を引き起こす原因となります 。さらに、鋳巣が製品の表面を貫通、あるいは内部で連結した場合、エンジン部品やバルブボディのような気密性・油密性が求められる製品において、エアーリークやオイルリークといった致命的な機能不全を招きます。
本稿では、鋳巣が「なぜ」発生するのか、その背後にある物理学、流体力学、そして化学的なメカニズムを深く掘り下げて解明していきます。
鋳巣の発生リスクは、ダイキャスト法が持つ「高速・高圧で溶湯を充填する」という最大の利点と表裏一体です。高速充填は必然的に乱流を生み、空気を巻き込むリスクを高めます。また、複雑な形状を精密に成形する能力は、製品内に不均一な肉厚部、すなわち凝固の遅れる「ホットスポット」を生み出し、収縮による欠陥の温床となります。つまり、鋳巣の問題は単なる「不良の回避」ではなく、「プロセス固有の特性をいかに管理するか」という、より高度な技術的課題なのです。これらのメカニズムの理解が、高品質なダイキャスト製品を安定して製造するための唯一かつ絶対的な第一歩となるのです。
II. アルミダイキャストにおける鋳巣の三大分類
ダイキャスト製品に発生する鋳巣は、その発生原因となる媒体(体積不足か、ガスか)によって、3つの主要なカテゴリーに分類されます。種類ごとに。発生メカニズムが異なるのでしっかりと分けて考えていきましゃう。
A. 引け巣 (Hike-su / Shrinkage Porosity)
これは、溶融したアルミニウムが冷却・凝固する過程で体積が収縮(凝固収縮)することによって生じる空洞です。凝固が完了する最終段階で、収縮した分の溶湯が適切に補充されない場合に発生する、本質的に「材料不足」に起因する欠陥です。
B. ガス巣 (Gas-su / Gas Porosity)
これは、製品内部にガスが閉じ込められることによって形成される空洞の総称です。業界の慣例として、「ガス巣」という言葉は、後述する「ブローホール」など、ガスに起因する複数の欠陥を含む広い概念として用いられることがあります。そのガスの発生源は、鋳造時に金型に塗布する離型剤の蒸発、溶湯に溶解した水素など、多岐にわたります。
C. 巻き込み巣 (Makikomi-su / Entrapment Porosity)
これはガス巣の一種と見なされることもありますが、その発生メカニズムが極めて機械的であるため、区別して扱われることが多い欠陥です。高速で金型内に射出される溶湯の乱流によって、金型キャビティ内の空気やガスが物理的に「巻き込まれ」、溶湯中に取り残されることで形成されます。
これらの分類は発生原因に基づいたものですが、技術者が現場で問題解決にあたる際に、初手でこれらを判断することがとても大切です。根本原因を切り分けて、その領域ごとに対策を練る必要があります。
- 物理学(熱力学・熱伝達)の領域: 引け巣は、製品がどのように冷却されるかという熱の問題です。
- 流体力学の領域: 巻き込み巣は、溶湯がどのように流れるかという流動の問題です。
- 化学の領域: 離型剤のガス化や溶湯中の水素に起因するガス巣は、溶湯とそれに接触する物質との間で起こる化学反応や相変化の問題です。
このように問題を捉え直すことで、発生した欠陥の種類に応じて、調査すべきパラメータの範囲を即座に特定できます。例えば、引け巣であれば製品設計や金型冷却を、巻き込み巣であれば射出条件を、ガス巣であれば溶湯管理や離型剤の塗布条件を重点的に見直す、といった具体的なアクションに繋げることができるのです。
III. 発生メカニズムの深層解析
鋳巣の根本的な対策を講じるためには、それぞれの鋳巣がどのような物理的・化学的プロセスを経て形成されるのかを詳細に理解する必要があります。ここでは、前述した3つの領域(物理学、流体力学、化学)に沿って、各鋳巣の発生メカニズムを深層的に解析します。
A. 引け巣の物理学:凝固プロセスと体積収縮のダイナミクス
引け巣の発生メカニズムは、金属の凝固という最も基本的な物理現象に根差しています。
- 基本原理:凝固収縮
アルミニウムを含むほとんどの金属は、液体状態から固体状態へ相変化する際に密度が増加します。これは、原子間の距離が狭まることに起因し、結果として体積が数パーセント減少します。この現象が「凝固収縮」です。 - 凝固の進行
金型内に充填された溶湯は、温度の低い金型壁から冷却され、外側から内側へと凝固が進行します。このとき、外側に形成された固体の殻(凝固シェル)の内部はまだ液体状態です。凝固シェルが厚くなるにつれて内部の体積が収縮していきます。このとき、未凝固部分の中心体積は減り続けるので、周囲の凝固していない箇所から溶湯が補給されていきます。 - 空洞の誕生:最終凝固点の孤立
引け巣は、製品内のある領域が、完全に凝固し終わる前にこの溶湯の供給ルートから遮断されてしまうときに発生します。このような状況は、肉厚部やリブの交差部など、周囲よりも冷却が遅れる「ホットスポット」と呼ばれる領域で特に発生しやすくなります。周囲が先に凝固してしまうことで、このホットスポットは液体の「孤島」となります。そして、この孤立した液体ポケットが最終的に凝固・収縮する際、失われた体積を補うための溶湯はもはやどこからも供給されません。その結果、内部に真空の空洞、すなわち引け巣が形成されるのです。

射出成形製品における引け巣は製品内部に隠れる「内引け巣」と、表面が凹む「外引け巣(ヒケ)」がありますが、ダイキャストのように表面の冷却速度が非常に速いプロセスでは、表面が固まった後に内部で収縮が起こるため、欠陥は内引け巣として現れることがほとんどです 。
B. ガス巣・巻き込み巣の流体力学と化学
ガスに起因する鋳巣は、その発生源によってメカニズムが大きく異なります。ここでは、しばしば混同されがちなこれらの欠陥を、その根本原因に立ち返って3つに分類しましょう。
- メカニズム1:機械的な巻き込み(巻き込み巣)- 流体力学の問題
ダイキャストプロセスでは、溶湯を極めて高速(数十m/s)で金型内に射出・充填します。この高速な流れは、ショットスリーブ内や金型キャビティ内で容易に乱流となり、波立ちや渦を発生させます。この激しい流れが、キャビティ内に存在する空気や、先行する離型剤の蒸発ガスなどを物理的に溶湯の内部に取り込んでしまいます。ダイキャストでは凝固がほぼ瞬時に完了するため、これらの巻き込まれた気泡はガスベントから排出される時間的猶予がなく、そのまま製品内部に閉じ込められ、「巻き込み巣」として残存するのです。 - メカニズム2:揮発性物質の蒸発(ブローホール)- 熱化学の問題
660°Cを超える高温のアルミニウム溶湯は、接触するあらゆる揮発性物質を瞬時に気化させます。このガス発生がブローホールの直接的な原因となります。主な発生源は以下の通りです。- 離型剤・潤滑剤: 金型に塗布される離型剤やプランジャーチップ用の潤滑剤が過剰であったり、不適切な種類であったりすると、溶湯と接触した際に大量の分解ガスを発生させます。
- 水分: 金型のエアブローによる乾燥が不十分な場合に金型表面に残った水分は、溶湯に触れると爆発的に蒸発し、大量のガスを生成します。
このようにして発生したガスは、進行してくる溶湯の先端(湯流れのフロント)によって押しのけられ、金型の隅や特定の箇所に溜まります。ガスベントによる排気が追いつかなければ、このガス圧によって溶湯がその空間を満たすことができず、球状に近い空洞、すなわちブローホールが形成されます。
- メカニズム3:溶解ガスの析出(ピンホール)- 冶金学の問題
あまり知られていませんが、アルミニウム溶湯は、水素を唯一、顕著に溶解する性質を持ちます。- 溶解度の急激な低下: アルミニウムが液体から固体へ相変化する際に、水素の溶解度が劇的に低下すします。このとき固体の結晶格子になりますが、液体状態ほど多くの水素原子を内部に保持することができません。
- 気泡の析出と捕捉: 凝固が進行するにつれて、固体化した結晶格子から行き場を失った水素が過飽和状態となり、溶液中から析出して微細な気泡を形成します。これらの気泡は、樹枝状に成長する結晶(デンドライト)の隙間に捕捉され、製品全体に微細に分散した鋳巣、すなわち「ピンホール」となります。
溶湯への水素の混入源は、主に大気中の湿気(水蒸気)や、インゴット、取鍋などに付着した水分ですので、ブローホールの一種とも言えますが、対策が若干変わってくるので分けて記載しています。
これら3つのメカニズムは独立しているわけではなく、相互に深く関連しあっています。例えば、過剰な射出速度によって引き起こされる乱流(メカニズム1)は、単に空気を巻き込むだけでなく、溶湯と金型表面との接触面積を増大させ、離型剤のガス化(メカニズム2)を促進します。さらに、乱流は溶湯表面の安定した酸化膜を破壊し、新たな酸化膜を内部に巻き込みます。この内部に形成された酸化膜は、溶湯に濡れにくいため、溶解水素が気泡として析出(メカニズム3)するための絶好の「核生成サイト」として機能します。このように、射出速度という一つのパラメータが、流体力学、化学、冶金学の各領域にまたがる複数の鋳巣発生メカニズムを連鎖的に引き起こす可能性があるのです。この因果関係の連鎖を理解することは、複雑な鋳巣問題を診断し、根本的な解決策を導き出す上で極めて重要です。
IV. 鋳巣の見分け方:断面形状と発生箇所からの診断
発生した鋳巣がどのタイプであるかを正確に特定することは、適切な対策を講じるための前提条件です。X線やCTスキャンを用いた非破壊検査が最も確実な品質管理手法ですが、製品を切断してその断面を観察することでも、多くの情報を得ることができます。ここでは、断面の形態的特徴と発生箇所から鋳巣の種類を診断するための知見を紹介します。
- 引け巣 (Shrinkage Porosity)
- 形状: ギザギザとした角張った不定形な形状をしています。しばしば、金属が凝固する際に形成される樹枝状結晶(デンドライト)の隙間を反映した、複雑で分岐した形状を呈します。内部の壁面は粗く、金属の結晶構造が露出しています。
- 発生箇所: 製品の熱的中心、すなわち最も遅く凝固する領域にほぼ必ず発生します。具体的には、肉厚部の中央や、複数のリブが交差するジャンクション部などが典型的な発生箇所です。
- ガス巣 / ブローホール (Gas Porosity / Blowholes)
- 形状: 気泡が表面張力を最小化しようとする性質を反映し、一般的に球形または滑らかな曲面で構成された形状をしています。内部の壁面は平滑で、しばしば光沢を帯びています。
- 発生箇所: 発生箇所は様々ですが、ガスは溶湯よりも軽いため、金型の上部や製品の表面に近い領域(皮下)に見られる傾向があります。
- 巻き込み巣 (Entrapment Porosity)
- 形状: 溶湯の流れの方向に沿って引き伸ばされたような、不定形で細長い形状を示すことが多いです。最大の特徴は、巻き込まれた酸化膜の存在であり、断面が層状に見えたり、「シワが重なったような」様相を呈したりします。内部の壁面はガス巣のように滑らかではありません。
- 発生箇所: 溶湯の流路に沿ってどこにでも発生する可能性がありますが、特にゲート付近やオーバーフロー、あるいは異なる方向から流れてきた溶湯が合流する箇所で頻繁に観察されます。
表1:鋳巣の種類別 特徴比較一覧
| 鋳巣の種類 | 主な原因 | 発生メカニズム | 断面形状 | 内壁の状態 | 主な発生箇所 |
|---|---|---|---|---|---|
| 引け巣 | 凝固収縮 | 最終凝固部の溶湯供給不足 | 角張った不定形、樹枝状 | 粗い、結晶が露出 | 肉厚部、ホットスポット |
| ガス巣/ブローホール | 離型剤・水分のガス化 | 発生したガスの閉じ込め | 球形または滑らかな丸み | 平滑、光沢あり | 表面付近、金型上部 |
| 巻き込み巣 | 空気・ガスの巻き込み | 溶湯の乱流による機械的 entrapment | 不定形、細長い、層状 | 粗い、酸化膜を含む | ゲート付近、湯流れ合流部 |
| ピンホール | 溶湯中の溶解水素 | 凝固時の水素ガス析出 | 微細な球状、分散 | 平滑 | 製品全体に分散 |
これらの特徴から、エンジニアは切断した製品断面の「形状(丸いか、角張っているか)」「内壁の状態(滑らかか、粗いか)」「発生箇所(肉厚部か、表面か)」といった観察結果を基に、最も可能性の高い根本原因を特定して対策検討をしていきます。
V. 結論:発生メカニズムの理解こそが、鋳巣対策の第一歩
本稿では、アルミニウムダイキャストにおける鋳巣を、その発生メカニズムの観点から「熱力学的な引け巣」「流体力学的な巻き込み巣」「化学・冶金学的なガス巣」という3つの異なる領域の問題として詳細に解析しました。
最終的に現れる欠陥はすべて「空洞」という一つの現象ですが、その根本原因は全く異なります。したがって、熱力学的な問題である引け巣に対して、流体力学的な対策(例:射出速度の低下)を施しても効果は限定的です。効果的な鋳巣対策の鍵は、まず発生している欠陥がどのメカニズムに起因するのかを正確に診断し、その上で原因に即した処方箋を適用することにあります。
鋳巣の完全な撲滅は、技術的・経済的な観点から現実的ではない場合も少なくありません。重要なのは、製品に求められる性能要件に基づき、鋳巣を許容レベル以下に管理・抑制することです。
発生メカニズムに関する深い理解は、エンジニアが単なる事後対応的な問題解決から脱却し、製品設計や金型設計、鋳造条件設定の段階から欠陥の発生を予測し、未然に防ぐ「プロアクティブなプロセス設計」を行うことを可能にします。このアプローチこそが、最終的に高品質で信頼性の高いダイキャスト部品を安定して生み出すための最も確実な道筋となるのです。

